番町教会説教通信(全文)
2001年6月 「どこへ遣わされようとも」        牧師 横野朝彦

エレミヤ1・4―10

主の言葉がわたしに臨んだ。「わたしはあなたを母の胎内に造る前から、あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に、わたしはあなたを聖別し、諸国民の預言者として立てた。」

わたしは言った。「ああ、わが主なる神よ。わたしは語る言葉を知りません。わたしは若者にすぎませんから。」

4月24日に中川眞次さんが亡くなられ、教会で、前夜式、そして葬儀がおこなわれました。私はその司式を担当し、葬儀説教をさせていただきました。そのとき、葬儀がすべて終わったあと、会社のかたが教会に挨拶に来られまして、そのとき、会社の方が私の話し方をほめてくださいました。誤解のないようにしてほしいのですが、私はほめられたことを、何も自慢しようと思ってここで紹介しているのではありません。中川さんの会社は、映画とかCMを製作したり、また洋画の声の吹き替えをしています。また吹き替えのための声優の養成のための学校も持っています。喋るためのプロをいっぱい抱えているわけです。先日おこなわれたお別れ会でも、プロの、その方面で名前の知られている声優さんが司会や、経歴の朗読をされまして、私はそれを聴きながら、プロの話し方だなと、感心をしていました。

私の話し方がほめられたというのは、そういうプロの話し方に似ていたからではありません。そうではなく、プロの話し方とまったく違ったというのでほめられたのでした。変なほめられ方だとは思いますが、それでも、ほめられるというのは嬉しいことです。喋るというのは、話し方の上手下手というだけではない、もっと別のところで、気持ちを通わせあうような何かがあるに違いないと思わされるのです。牧師は、誰かが亡くなったという知らせを受けたとき、悲しみや、嘆きや、あるいは亡くなられたこと自体が信じられない思いのなかで、また限られた時間の中で、それこそ搾り出すようにして、葬儀説教を準備します。私の話しかたというのは、そういう辛い体験の積み重ねのなかで得てきたものですから、考えてみれば、それは、これまで天に召された兄弟姉妹が私に与えてくださった話し方なのかも知れません。

そこで思い出したのは、昔何かの本で読んだのですけれど、どこか外国で、聖書朗読のコンテストがおこなわれ、皆、競うように上手に、また感情豊かに読んだのでした。ところが、皆が上手に読んでいるなかで、一人、年配の牧師が、なんの抑揚もつけずに聖書を読まれた、その老牧師がコンテストで、最優秀に輝いたという話でした。心を打つ聖書の読み方、それはテクニックや何かではなく、本当にその人が聖書から御言葉を聴こうとしているかどうかではないでしょうか。そして私など、この老牧師の域には到底達し得ないのですけれど、それでも、こんな自分が、上手下手ということを超えたところで、いや、下手にもかかわらず、用いられているという気持ちがあります。

牧師は毎週日曜日の礼拝で説教の役割を委ねられています。自分で言うのはなんともおかしなことですが、これは自分の能力をはるかに超えた仕事だと、今更ながらのように思わされます。それこそ聖霊の助けなしには出来ることではありません。先日、若手の牧師が、自分は神学校の先生に、説教は3割も打てれば上出来だと教えられたと言っていました。おそらくこれは、うまくいかなかったからといって、すぐに駄目だと思わなくても良いと、神学校の先生は、励ましのつもりで言ったのだと思います。でも、私は3割というのを聞いて、それは違うのではないかと思わされたのでした。自分でヒットを打てたなどと思うようになったら、牧師としては失格ではないかと、私は本気でそう思っています。

その若手牧師の会話を聞いていた一人の女性が、この方は教会でオルガンの奏楽奉仕をしているのですけれど、今日の奏楽は失敗したと思っているときに限って、教会員のかたが、今日の奏楽は良かったとほめてくださると言うのです。それは慰めてそう言っているのではなく、本当に心に響く演奏がされたのです。不思議なことに、私も同じ体験を何度もしてきました。最近は、そうでもありませんが、特に牧師となって間もない若かったころ、説教が終わり、礼拝が終わった後、それこそ穴があったら入りたいという気持ちに何度させられたことでしょうか。けれどもそのようなときに限って、今日の説教は私のために語ってくださったというような感想をいただくのです。そして、それとは逆に、今日の説教はまあまあうまくいったのではないかと、自分で思うようなときには、誰も、何の感想もなく、うまくいったというのが独りよがりであったことを思い知らされるのです。

私は自分の能力の無さを嫌というほど知っています。これではいけないと、自分なりに努力をしているつもりではありますが、いくら努力しても駄目なものは駄目という、自分の限界も知っているつもりでいます。けれどもそういう自分を用いてくださるかたがいる。これはまったく自分の体験です。説教学という学問があり、そこで説教が神の言葉として語られるとはどういうことかといった学問的な論議がされるのですけれど、私はそういう難しい論議ではなく、もっと感覚的に、ああ、こんな私の言葉が用いられいるという気持ちが強くあります。人間的にどうにも足りないはずの言葉が、今日の説教は私のために語ってくださったというふうに受け止めてくださるかたが出てくる。それは、人間の不十分な言葉を神様が用いて、神の言葉としてくださっているとしか言いようがありません。私はこんな自分を思うたびに、マルコ13章に書かれている次の御言葉は真実だと思わされます。「まず、福音があらゆる民に宣べ伝えられねばならない。引き渡され、連れて行かれるとき、何を言おうかと取り越し苦労をしてはならない。そのときには、教えられることを話せばよい。実は、話すのはあなたがたではなく、聖霊なのだ。」この言葉は、初代教会のキリスト者たちが迫害を受け、権力者たちに引き渡され、連れて行かれることが想定されています。私自身の今の状況と同じではありません。でも、「実は、話すのはあなたがたではなく、聖霊なのだ。」という御言葉は、まったく真実だと思います。

神さまのことを語るのだから、神さまが語ることを教えて下さる。このような信頼によって、私はやってくることが出来ました。いや実は神さまへの信頼というと実に信仰的できれいですが、実際にはそんなことではなく、もっと開き直りに近いかたちで、寄りすがってきたのです。

それともう一つ、私が頼みにしてきた箇所があります。それが実は今日読んでいただいたところなのです。預言者エレミヤがあるとき、神さまから召命を受けます。「主の言葉がわたしに臨んだ。わたしはあなたを母の胎内に造る前から、あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に、わたしはあなたを聖別し、諸国民の預言者として立てた。」エレミヤはこの言葉を聞いて驚きます。エレミヤはこのときまだ20歳代の前半であったと言われています。どうしてそんなことがありえようか、私はそんな器では決してないのだと、「ああ、わが主なる神よ。わたしは語る言葉を知りません。わたしは若者にすぎませんから」と答えるのです。

それに対して神さまは、「若者にすぎないと言ってはならない。わたしがあなたを、だれのところへ、遣わそうとも、行って、わたしが命じることをすべて語れ。彼らを恐れるな。わたしがあなたと共にいて、必ず救い出す」と主は言われた。主は手を伸ばして、わたしの口に触れ、主はわたしに言われた。「見よ、わたしはあなたの口に、わたしの言葉を授ける。

このように、エレミヤに対して、私があなたと共にいて、必ず救い出すと約束して下さり、そして、主は手を伸ばして、エレミヤの口に触れてくださったのでした。来週の礼拝説教は岸下伝道師が担当をしてくださり、イザヤの召命、イザヤが預言者として召し出されるところを取り上げられます。イザヤは預言者としての出発にあたり、不思議な体験をします。それは、燃える炭火が、彼の唇につけられたというのです。これによって、彼の罪は消され、神の言葉を語ることを委ねられたのでした。私自身は、イザヤのような体験も無く、その唇はまだまだ罪に汚れていることを思いますけれど、それでも、こういった御言葉を頼りとして、また大きな励ましとして、自分はこれまでやってきた、この言葉の通りに、私はやってくることが出来た。そのように思っています。

考えてみれば、聖書に登場する預言者や、指導者たちも、自分は話すのが上手だから預言者になったというような人はほとんどいません。エレミヤは、「わたしは語る言葉を知りません」と言いました。出エジプトの指導者モーセも同じです。彼はイスラエルの民をエジプトから導き出すようにと神様から命令を受けますけれど、そのとき彼は、いや自分にはそんなことは出来ない。そもそも自分は話が下手だと言っています。出エジプト記4章です。「モーセは主に言った。『ああ、主よ。わたしはもともと弁が立つ方ではありません。あなたが僕にお言葉をかけてくださった今でもやはりそうです。全くわたしは口が重く、舌の重い者なのです。』主は彼に言われた。『一体、誰が人間に口を与えたのか。一体、誰が口を利けないようにし、耳を聞こえないようにし、目を見えるようにし、また見えなくするのか。主なるわたしではないか。さあ、行くがよい。このわたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう。』」新約聖書で言えば、パウロが第2コリント10章で、自分のことを言っています。「わたしのことを、『手紙は重々しく力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない』と言う者たちがいる」と手紙に書いています。どうやら、話がつまらないと言われていることを、パウロは随分気に病んでいたようです。けれども、彼はそういった外見で伝道をしたのではありませんでした。

今日読んでいただいたのは、エレミヤの召命、エレミヤが預言者として召し出されたときのことですが、そもそも召命ということは、お前に能力があるから選ぶというのとは違うと私は思います。パウロはまた、神様は世の無学なものを選び、無きに等しいものをあえて選ばれたと第1コリントで言っていますが、そのとおりだと思います。私たちがしている働き、仕事、それはどのようにして選ばれてきたのでしょうか。自分でこの仕事を選んだ、自分でこの仕事を開発した。そのように思われるでしょうか。自分は自分の職業を自分で選んできたと言われるかも知れません。あるいは、自分は自分の職業を嫌に思っているという人もおられるでしょう。でもそうではないのです。仕事は神さまの呼びかけによって始められます。

英語のcallingは、職業という意味と、召命という意味の二つがあります。もともとの言葉の意味は、呼びかけるということですが、神さまによって召しだされるという意味の召命と、実際的な職業といういう意味の二つがあるのです。なぜ、このような言葉の使い方がされるようになったのかは、宗教改革者マルティン・ルターに由来するのだそうです。それまでの時代は、神に喜ばれる道は世俗的な職業を捨てて、聖職者になることであった、しかしルターにとってはそうではなく、むしろ世俗の職業を真面目におこなうことであった。そこで職業というものを、召命としてとらえていったということです。ここに社会学者や経済学者は資本主義の始まりの一つの原因を見ています。それはともかくとして、仕事というのは、神さまからの呼びかけなのです。日本語でも天職という言葉があります。小さな辞書を引くと「天性にあった職業」とありました。それではちょっと言いたらないのではないかと思いまして、大きな辞書を引くと先程の意味に加えて、「天から命ぜられた職」とありました。自分の今の仕事を天性にあった仕事だと思える人は幸せだと思います。しかし天性にあっているとは思えなくても、天から命じられた職として受けとめることはあるいは出来るだろうと思わされるのです。そして、そのように受けとめて仕事に当たることが出来る人も、また幸いだと思います。ある神学者は、召命ということについて、自分の置かれた場を、神との関係に於いて責任をとっていくことと言い表していました。自分に与えられた仕事を、神さまや信仰とは無関係のこととは考えず、むしろ神さまとの関係に於いて誠実にそれを見つめていくこと、果たしていくことだと思います。

教会で牧師をしている者の中には、おもしろい経歴を持った人が結構たくさんいます。もちろん高校を卒業してすぐに神学校に入った人もいますし、どちらがいい悪いといった問題ではありませんが、ともかく色んな経歴を持った人が集まっているところにおもしろさがあります。最近では社会人入学を受け入れる大学が増えて、色んな経歴を持った人が何人かはおられるようですが、それでも割合からいえばごく少数だと思います。ところが、私が神学部にいたころは、実にいろんな人がいました。ちょっと思い返してみただけでも、工業高校で建築を教えていたもいましたし、自衛隊にいた人もいました。幼児教育をしていた人もいました。私の親しい牧師たちの顔を思い浮かべてみても、金融機関で働いていた人、大きな企業の研究員として働いていた人、学校の教師もしていた人もいます。一人変わった例でいえば、永平寺で雲水の修行をしていたという人もいます。それが、神学校で学び、牧師になったというのは、そこには何らかのcalling、呼びかけがあったのです。私自身、神学部に入って、出来ることなら牧師になろうと思ったその時は、必ずしも呼びかけとは理解しておらず、ただ人間的な重い煩いの中で下した結論のような面もありますが、しかし振り返ってみるとき、それはやはり人の思いを遥かに越えた、神さまの呼びかけであったと思わずにおれません。

そしてこんな自分が、長い年月にわたって牧師を続けてくることが出来た。それは何と言っても、神様が私を用いてくださったというそれしかありません。さらに加えれば、牧師は信徒によって育てられると言いまして、教会の皆さんによって育てられてきたということがあります。しかしやはりそれ以上に、そして何よりも土台となったのは、神様が働いてくださったからだとしか言いようがありません。

今日は、聖霊降臨日です。主イエス・キリストが天に昇られてのち、弟子たちは共に集まり、心を合わせて祈っていました。先週使徒言行録1章から学んだところです。ところがそのように、一同が集まって祈っていたときに、彼らに神様の力である聖霊がくだります。そして彼らは、使徒言行録2章11節によれば、「神の偉大な業を」語り始めたのでした。臆病で、主イエスの逮捕にあたっては逃げ出したような彼らが、何をも恐れず、「神の偉大な業を」語り始めた。それゆえ聖霊降臨日は、教会の誕生日と呼ばれます。日本の教会では、聖霊降臨日は、クリスマスやイースターの影に隠れて、ちょっと目立たないのですが、外国などでは、教会のハッピーバースデイということで、楽しいお祝いをしているようです。ハッピーバースデイですから、まことに嬉しく、楽しいことです。

でも、実際には、このあと、初代教会の人たちが歩んだ道は平坦ではありませんでした。それこそ、迫害を受け、権力者たちに引き渡され、連れて行かれることしばしばでした。エレミヤが召命を受けたとき、エレミヤは神様から、「わたしがあなたを、だれのところへ遣わそうとも、行って、わたしが命じることをすべて語れ。」と言われています。この誰のところへ遣わそうとも、ということのなかには、エレミヤにとって好ましくないところ、行きたくないところも含まれていました。エレミヤは人々の耳に心地よいことを語った預言者ではなく、むしろ嘆きの言葉を投げつけた預言者でした。人々の罪を告発し、預言者であるにもかかわらず、神殿への立ち入りを拒否され、ついには逮捕され、また晩年はエジプトに行き、そこで死んだと言われています。

私は今日の説教題を、エレミヤ1章7節の、「誰のところへ遣わそうとも」という言葉を少し言い換えて、「どこへ遣わされようとも」といたしました。それは神様の召命を受けたものとして、どこへ、誰のもとへ遣わされるかわからない、そして遣わされる先に困難があることは、目に見えている。ここでなら語れるとか、ここでなら何かが出来るというようなところではない。むしろこんなところで私には何も出来ないというところへ、神様は私たちを押し出そうとされるます。そしてそこで私たちは、言葉も業も力も足りない自分を用いられる、聖霊の働きを知ることになるのです。

                   (2001年6月3日 聖霊降臨日礼拝説教)