|
| 2001年5月 「神の恵みと養い」 牧師 横野朝彦 |
|
出エジプト記16・1―8
今日は旧約聖書を取り上げ、エジプトを脱出し荒野をさまよう民に天からのパン、マナが与えられたという有名な出来事の箇所を読んでいただきました。その昔、イスラエルの民はエジプトで奴隷として働かされていました。彼らはエジプトの国のために貢献をしたということですが、しかし出エジプト記1章を読むと、そういった過去の歴史が忘れられ、彼ら民族が力を増すにつれて、それを自分たちの国をおびやかす力と感じたエジプトの王は彼らの権利を奪い、奴隷としていったのでした。そして、イスラエルはモーセを指導者としてエジプトを脱出することになります。それが出エジプト記です。
エジプト脱出のさいには、大きな困難と危険がありました。まずはエジプトの軍隊が彼らを襲ってきます。でもそのときに起こったのが、海が二つに割れて人々は海のなかを渡ったという出来事でした。十戒という映画で、その頃は珍しかった特殊撮影で、海が二つに割れるのを驚くようにして見た記憶があります。それはともかく、このようにしてエジプトを脱出するのですが、その後も彼らの困難は続きます。彼らは荒野をさまよいます。木陰も、食べ物もなく、彼らは旅を始めてまもなく文句を言い始めるのです。
どうしてこんなに辛い思いをしなければいけないのか、こんなことならエジプトで奴隷の状態でいたほうが良かった、彼らはそのように呟くのです。出エジプト記14章で、海を渡るという出来事が記録されており、15章で古い信仰告白の歌と評価されている「海の歌」という神様を讃える歌が記録されています。ところが15章の終わりのほうでは、彼らは早速水を飲もうとしたところ水が苦かったので人々から文句が出ています。そして続くのが今日読んでいただいた16章です。「イスラエルの人々の共同体全体はエリムを出発し、エリムとシナイとの間にあるシンの荒れ野に向かった。それはエジプトの国を出た年の第二の月の十五日であった。荒れ野に入ると、イスラエルの人々の共同体全体はモーセとアロンに向かって不平を述べ立てた。イスラエルの人々は彼らに言った。『我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている。』」このように、彼らはあの奴隷状態のほうがまだましだったと不平不満を口にするのです。
これと同様の話は民数記11章にも書かれていまして、そこで彼らは「エジプトでは魚をただで食べていたし、きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない」などと言っています。このような人々の不平不満を前にして、エジプト脱出の指導者モーセはどんなに苦労をしたことだろうかと思わされます。せっかく自由の身になったのに、ああ奴隷のままのほうが良かったと言い出すということは、つまり、指導者モーセに文句を言っているだけではありません。彼らをエジプトから導き出したのは他ならず神様でした。神様はモーセを用いて、時には大きな奇跡をおこさせてエジプトから救い出してくださったのです。ところが人々は、エジプトで食べた食べ物が忘れられないなどと言う、つまりこれは神様に文句を言っていることになります。8節でモーセは、「一体、我々は何者なのか。あなたたちは我々に向かってではなく、実は、主に向かって不平を述べているのだ」と述べています。これはまったくそのとおりです。彼らの不平不満は、指導者への反逆にとどまらず、神様への反逆ということになります。ところが、神様はこの反逆の言葉を受け止め、聞き入れてくださるのです。
普通ならば、こんな勝手なことを言う連中はどうなってもかまわないと思うところですが、しかし神様は彼らを見捨てることなく、その願いを聞きいれられます。それは神様が天からの食べ物を与えてくださるという奇跡でした。8節前半でモーセは、「主は夕暮れに、あなたたちに肉を与えて食べさせ、朝にパンを与えて満腹にさせられる。主は、あなたたちが主に向かって述べた不平を、聞かれたからだ」と述べ、神様が彼らの願いを聞き入れられたことを伝えています。「わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう」と詩編50に歌われていますが、それが勝手気ままな不平であったのにもかかわらず、神様はこれを聞いてくださったのでした。13節を読むと、「夕方になると、うずらが飛んで来て、宿営を覆い、朝には宿営の周りに露が降りた。この降りた露が蒸発すると、見よ、荒れ野の地表を覆って薄くて壊れやすいものが大地の霜のように薄く残っていた。イスラエルの人々はそれを見て、これは一体何だろうと、口々に言った。彼らはそれが何であるか知らなかったからである。モーセは彼らに言った。『これこそ、主があなたたちに食物として与えられたパンである』」と、このように書かれています。うずらと霜のような天からのパン、それが彼らに与えられた食べ物でした。
この霜のようなものというのは、わたしにもよく分からないのですが、ぎょうりゅうという木に付く虫の分泌物だと言われています。つまり、蜂が花の蜜を吸って蜂蜜ができるように、虫が木の蜜を吸って出来た食べ物だというわけです。イスラエルの人々も、そんな食べ物を見たことも聞いたこともありませんでした。そこで彼らはこれは何だということになります。15節には、「イスラエルの人々はそれを見て、これは一体何だろうと、口々に言った」と書かれています。そして31節に、「イスラエルの家では、それをマナと名づけた」とあります。マナという名前の語源は、もともと「これは何」という意味なのだそうです。
私の知り合いに、また知り合いの家に生まれたお子さんに、マナという名前の女性がたくさんいます。マナというのは、天から与えられた神様の恵みにほかなりません。このように、エジプト脱出後すぐに不平不満を言い、エジプトで奴隷のままのほうが良かったなどと、勝手気ままなことを言う人々にさえ、神様はその願いを聞き入れてくださり、天からの恵みを与えてくださったのでした。このマナの物語は、私たちに多くのことを教えてくれていると思います。特に16節以下に書かれている、それぞれに必要な分だけを集めなさいということ、他の人の分まで取ってしまったり、また明日の分も取っておこうと余分に集めたりはしないようにということは、今日私たちは日常はほとんど忘れていますが、世界の多くの人々が充分な食事を得られないでいます。いっぽう不況といいながら私たちは飽食を続けています。豊かな国が貧しい国の産業や仕事を支配しています。飽食の国が毎日必要以上にマナを集めている、そこに世界における飢えの原因の一つがあるのは確かなことです。主イエスが山上の説教で教えてくださったように、野の花を育て、空の鳥を養ってくださる神様は、私たちをその必要に応じて養ってくださるのです。にもかかわらず、私たちは明日の糧をも得ようとし、いっぽうで今日の糧を持たない人がいます。そのような状態の中で、16章17―18節に書かれていることはとても大事なことです。
「イスラエルの人々はそのとおりにした。ある者は多く集め、ある者は少なく集めた。しかし、オメル升で量ってみると、多く集めた者も余ることなく、少なく集めた者も足りないことなく、それぞれが必要な分を集めた。」さて、以上のようにマナの物語は、多くのことを私たちに教えてくれると思います。そして聖書の時代の人々も、ここから多くを学びました。旧約聖書申命記8章には次のように書かれています。「主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。」この言葉の後半は、主イエス・キリストが荒野の誘惑において、サタンの誘惑の言葉を退けるさいに引用されたものでした。ここで教えられていることは、神様がマナを与えられたということは、いやそれ以前に、荒野において苦しみ、飢えたことさえも、神様が彼らを教え諭されるためであった、つまり、人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることを知らせるためであったと言われているのです。
今日のこの話を読むときに、神様が人々の不平不満の言葉を聞き入れてくださったこと、彼らがその日、一日の必要な糧を集めたことは、大変大きなことを私たちに教えてくれています。けれども、今日の物語はそれだけではなく、さらに多くのこと、私たちが神の口から出る言葉によって生かされていることをも教えてくれています。そしてさらに新約聖書を読むならば、主イエス・キリストご自身が私たちの命のパンであると教えられています。ヨハネによる福音書6章32節以下を読みます。「はっきり言っておく。モーセが天からのパンをあなたがたに与えたのではなく、わたしの父が天からのまことのパンをお与えになる。神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである。」そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつもわたしたちにください」と言うと、イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。」 ここに、その昔天からパンが与えられたように、今、神様は主イエス・キリストを私たちの命の糧として与えてくださっていると教えられています。
それでは、主イエス・キリストが私たちの命のパンであるとは、どういうことでしょうか。主は、5000人の給食の奇跡に見られるように、人々が飼うもののいない羊のような有様をご覧になって、彼らを養われました。ここでも、主が私たちを養ってくださるかたであると証しされています。それだけでも十分に大きなメッセージであり福音です。でも、主イエス・キリストが私たちの命のパンであるということは、何かもっと深い意味があると、私には思えてなりません。神様が天からの糧をくださるということは、ただご利益が与えられたというのではない、もっと大きなもの、人間を深い根源から生かすものだと思えるのです。そこで、今日の話を少し別の角度から見ていきたいと思います。
カナダのトロントにラルシュ共同体という障害者の施設があります。ここにあるとき車体のとても長いリムジン、高級な車がやってきました。そして車から降り立った女性は、自分は今落ち込んでいるのだ、弟がラルシュ共同体のことを薦めてくれて、あそこの人たちなら力になってくれるかも知れないと言った、それでやってきたのだというのです。そこで彼女の悩みが話されます。彼女は、新聞の社会面を見て、ホワイトハウスでの昼食会に招待された人々の名前を読むたびに落ち込むと言うのです。それはそこに彼女の名前が載っていないからです。なんとも馬鹿げた悩みで、この人はどこかおかしいのではないかと、思われるかも知れません。私自身、仮にこういう人が相談に来ても、話は聞きますが、聞くだけで、それ以上何をするでもないのではと思います。でも、ラルシュの人たちは違いました。この女性の話を聞き続け、彼女の悩みが本当のところどこから来るのかを見出していきます。それは、金、名声、コネ、偉大な権力を手にしていながら、自分を本当に愛してくれる者はいるのだろうかという悩みでした。あるいは、富とか名声とかといったものがなければ、自分で自分を愛することのできない姿でした。そういったものと無関係に、自分は愛されているということを知ること、それが彼女にとって必要なことでした。
どうすれば、彼女に、富とか名声とは関係なく、自分は愛されているということを知らせることができるか。そこでラルシュの人たちがしたのは、この共同体で生活をしているアダムという男性を紹介することでした。アダムは重度の障害者です。言葉も話せず、自分では何もできない、この施設の中でもっとも弱く傷つきやすいという人でした。先程の女性はアダムやほかの障害者と一緒に食事をすることになります。彼女は、「ここのかわいそうな方々にぜひお目にかかりたい」と返事をしますが、内心は知らない障害者と一緒に食事をするということに怖ささえ感じ、また霊的な助けを求めに来たのに、どうして障害者と食事をしなければならないのかと感じていたのでした。でも、食事が終わったとき、彼女は自分がそこで本当に受け入れられ大事にされ、歓迎されているのを感じ、それ以降、彼女は以前のように落ち込むことがなくなったのでした。どうしてこんなふうに変わることができたのでしょうか。ラルシュの人たちが、アダムを紹介したのは、彼がいかなる形であれ、彼女を利用しない唯一の人間だということでした。アダムは、何もできない、何も求めないというたったそれだけのことによって、一人の女性の心を癒したのでした。ラルシュのスタッフたち、神父や、シスターや、その他の人たちにはこの女性を癒すことができないと彼ら自身が自覚していました。なぜなら、この女性の財産や名声について、内心賞賛したり、うらやましく思っていたからです。そこで、そのような思いをまったく持たないアダム、しかも当たり前のコミュニケーションさえできないアダムが、彼女の癒し人として紹介されたのでした。
この話は、先月中ごろに出版された、「アダム 神の愛する子」という本のなかに書かれていた実話です。この本を書いたのは、前にも紹介したことのあるナウエンという人で、ナウエン自身、アダムとの出会いによって、これまでの自分を解き放たれた人でした。ナウエン自身、大学の教授として20年間働き、そこで多くの恐れや不安を感じ、寂しさや落ち込みに襲われたけれども、そんな彼が、最も弱く、最も傷つきやすいはずのアダムにこそ癒しの源があると気づかされ、アダムによって癒されていったのでした。
ここで、障害ということについて、何かそれを美化したり、特別なものとして取り上げるつもりはありません。「アダム」の著者ナウエンも、このことに注意を促しています。しかしそれでなおかつ、ナウエンは、アダムとの関係が自分の人生のなかで、最も意義深い関係になったと述べ、そればかりか、アダムの物語はイエスの物語を語る助けとなるに違いないと述べるのです。
また話が大きくそれますが、昨日わたしはテレビの番組で、女優の東ちずるさんがインタヴューに応えているのを聞きました。この人は広島の因島の出身だそうです。今は広島と、また愛媛と橋でつながっていますが、もともと何もないところ、ただ海があるだけの、何もないところだといいます。ところが彼女は、その何もないところでこそ、自分が無条件に受け入れられていることを感じ、力をもらうのだと述べていました。私たちは普通、たくさんあるところ、豊かなところから何かをもらおうとします。そうではないのです。アダムがそうであったように、何も持たない彼こそ、すべての人を無条件に愛することができたのでした。
私たちはどうでしょうか。「エジプトでは魚をただで食べていたし、きゅうりやメロン、葱や玉葱やにんにくが忘れられない」と呟いているのが私たちの毎日の生活ではないでしょうか。ちょっと可笑しな言い方だとは思いますが、きゅうりやメロンがなければ、自分が愛されているという実感を持てないでいる、それが私たちの現実ではないでしょうか。たとえご馳走がいっぱいあっても、心の中は奴隷になっている、これはまったく私たちの現代社会の病そのものだと思います。そうではなく、そういうものから解放され、たとえ荒野のなかにあっても、神様はあなたを愛してくださっている、そのことを教えてくれたのがマナの出来事なのです。どんなに富と名声を手に入れても、愛されている実感の持てなかった女性は、何も出来ない一人の男性としばらくのときを過ごし、一緒に食事をしただけで、自分が受け入れられていると気づくことができました。
私たちは今日、礼拝において聖餐式を持とうとしています。礼拝において主の食卓を共に囲むことは、主の御言葉を糧としていただくことであり、主が死に至るまで私たちを愛してくださったことを、私たちの生きる糧としていただくことです。共に主の食卓を囲み、神様から愛されている自分、受け入れられている自分を見出していきたいものです。
(2001年5月6日 礼拝説教)
|
|
|