番町教会説教通信(全文)
2001年4月 「甦りの主は共に歩まれる」       牧師 横野朝彦

ルカ24・13―27

 主の御復活、イースターのお喜びを申し上げます。使徒パウロは、ローマの信徒への手紙のなかで、「キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きる」と述べています。イースターの意義は、まさにこの一言に言い表されていると思います。主が甦られたように、私たちも新しい命に生きていく。この喜びを味わいたいものです。

 日本YWCAのお仕事を長くなさった関屋綾子さんという方がおられます。私は10年近く前に当時私がいた教会に伝道礼拝の講師としてきていただき、お会いしました。そのときは丸木美術館の館長をしておられました。お書きになった本に、「一本の樫の木」「風の翼」そして共著として「その人は慰められん」があります。いずれも日本キリスト教団出版局が出しています。携わってこられた平和運動のことや、また祖父にあたる森有礼、兄にあたる森有正のことなども書かれています。書かれた本の中の一冊、「その人は慰められん」は6人のかたがたがご自分が体験した肉親の死について書いておられるものです。関屋綾子さんは、お子さんを12歳のときに天に送られました。そのことをこの本の中で、「朝が開け夜が来るごとくに」と題して書いておられます。

 この文章は、一本の道について述べるところから書き始められています。「静かに晴れた秋のあさ、畑の中の一本の道を、わたしは歩く。日影の淡い冬の真昼時、そして、風の吹き渡る夏の夕暮れに、わたしは、舗装した商店街から離れて、畑の中をまっすぐに続いている一本道を、歩いて行く。わたしはひとりで、その道を歩く。わが家とは反対の方角に向かっているのだが、その道を歩く時、わたしは、いつも自分が、どこかへ帰って行くように感じる。」このように印象深く書き始められた一本の道、それは実は関屋さんの12歳の息子さんが通学の途中で心臓発作で亡くなられたところでした。「その道を歩くと、彼の姿が、その声が、またその心が、あたりの空気に満ちているのを息苦しいほど感じる。わたしの心は、わたしの胸の奥に激しく嗚咽(おえつ)し、その声は、はるかなる空のかなたに遠くのがれて、かすかに地の果てまでとどろいている。」一本の道の情景が、読む私たちの心にまで浮かび、関屋さんの心の叫びが私たちにせまってきます。

 さて、聖書から聞いていきたいと思います。二人の人が旅をしています。彼らは一本の道を深い嘆きと悲しみ、そして心の傷を負って歩いています。彼らは話し合い、論じ合いながら歩いています。「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから60スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた」ということです。この一切の出来事とは、すなわち、主イエス・キリストの十字架、そしてその生涯のことでした。イエス様は私たちにこんなことを教えてくださった、あのように言われた、そうだイエス様はこんなことをなさった、ところが愛する先生は、十字架にかけられてしまわれた。いったいこれはなんということなのだろう、彼らはいったい何がおこったのかという気持ちの整理もつかないままに、語り合いつつ旅をしていました。エルサレムから60スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩いていたということですが、60スタディオンというのは11.1km、たいした距離ではありません。普通に歩いて3時間くらいでしょうか。それでも彼らは心に悲しみを抱えながら、かつ話し合いながら歩いていたということですから、実際より長い道のりであったのではないかと推測をします。   彼らは何の目的でエマオに向かっていたのでしょうか。旅の目的は何だったのか。誰か知人が住んでいて、そこへこの間の出来事を知らせに行くとか、あるいは家族が住んでいて、そこへ身を寄せるとか、いろいろな推測がされていますが、私はむしろそのような目的は二次的なもので、本当の目的は都エルサレムを離れることであったと思います。

 横浜紅葉坂教会の牧師在任中に亡くなられた岸本羊一先生は、その説教集のなかで、この出来事が夕暮れ時であったこと、しかもエマオがエルサレムから西の方角であったことに注目をしておられました。そして没落していく悲しみと表現されました。彼らは沈みゆく夕日に向かって歩いています。エマオへの旅路を描き表した有名な絵画がありますが、両側の木立に囲まれた薄暗さのなかで、歩いている彼らに夕日があたっています。とても印象的なものを感じます。

 昨年島崎光正さんというキリスト者の詩人が亡くなられました。島崎さんは今日のこの聖書の箇所について語るなかで、この二人の旅のことを評して、都落ちと言っておられました。彼らは主イエス・キリストの弟子たちでした。彼らはこのイエスというかたこそ自分たちの国を建て直し、新しい世を来たらせる指導者だと思って従っていたのです。今日の箇所の21節でも、「わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」と言われていますから、彼らが政治的社会的解放を望み、主イエスに期待をかけていたことが分かります。にもかかわらず、指導者イエスは十字架にかけられてしまった。彼らの気持ちからしてみれば、運動は挫折し、また彼ら自身が主イエスの逮捕のときには逃げ出してしまった。もう都エルサレムにはおれない、まさに都落ちだったのです。  

 さらにここで彼らが旅に出たその時間というか、タイミングがとても不思議です。22節から24節を読むと、彼らは主イエス・キリストの復活の知らせを聞いていたことが分かります。にもかかわらず、彼らは旅にでかけている。つまり彼らは復活の知らせを信じることができなかったのです。復活の知らせはかえって彼らを惑わせたのかも知れません。復活の知らせを聞いていながら、それが喜びとならず、彼らには暗さが覆っていたのです。島崎光正さんはこの旅を都落ちと言われましたが、同時に、旅する彼ら二人は、大変もろい関係だとも言っておられました。主が逮捕されたときに、彼らは共に逃げ出したのでした。また復活の知らせを聞いていながら、彼らはそれを信じることなく、もう都にはおれないと思っている。言うならば、挫折感だけではく、不信感といったものも共有している、互いにすねに傷を持ちながら、これからどうしようかという当てもなく論じ合っている。それがエマオの村に向かう彼ら二人の気持ちでした。

 ところがこのようにして歩いている二人のところに、一人の人が近づいてこられます。そして共に歩いていかれます。昔の街道はそれほど広い道ではありませんから、ごく自然に言葉が交わされたのでしょう。その人は、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と彼らに声をかけられたのでした。このように尋ねられた彼ら二人は暗い顔をして立ち止まったということです。まったく、暗い顔をせざるを得ない悲しみを彼らは抱えていたのです。

 「その一人のクレオパという人が答えた。『エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。』」彼ら二人のうちの一人の名前がクレオパということがわかります。ヨハネ19章で、主の十字架の傍に立っている人の名前のなかに、クロパの妻マリアという女性がいますが、このクロパとクレオパは同じです。12弟子ではありませんでしたが、主イエスの働きに付き従っていた一人であったようです。あの都中をさわがせた出来事をあなたは知らないのですか。そう言って十字架のこと、さらに復活の知らせを聞いたことなどを説明します。

 彼ら二人は、まさに都落ちでした。しかも互いに裏切り者同士、まったく暗い顔をして答えざるをえない人たちでした。そんな彼らにとって一緒に旅をする人が現れたことは、どんなに慰めになったかと思います。まあ話を聞いてくれと、彼らは熱心に喋ったのだと思います。少し話が変わりますが、昨年東支区の信徒大会があったときに、三宅島伝道所の女性が話をされました。三宅島の噴火のこと、避難生活のことを話されました。とても饒舌に喋られました。いやこのように言うと、饒舌であることが悪いことのように聞こえるかも知れませんから、誤解のないようにしてほしいのですが、私は饒舌であったことが良くないと言っているのではありません。私はこの人の話を聞きながら、1995年におこった阪神の地震のことを思い出していました。あのとき、被災者の多くのかたがまさに饒舌になったのです。まったく話を始めると止まらないくらいでした。自分の体験した未曾有の出来事が、なんというか、心の中におさまりきらなくて、話をせずにおれないということだったのです。被災現地に行って、まったく見知らぬかたと多く話をしましたし、また電話などで話をしても、1時間、2時間止まらないくらいでした。この状態は半年くらいは続いたのではないかと思います。そしてこのように話すことが、被災者の心の癒しにもつながったのだと思わされます。   

 話すというだけではなく、心のケアにはいろいろな方法があるのだと思います。被災地の子どもたちにとっては、体験を絵に書くといったことも、癒しのために必要なことでした。話がさらに広がりますが、犬養道子さんが書かれた文章のなかで、犬養さんがイスラエルにあるフランシスコ修道会のおこなっている医療施設を訪れたときの話がありました。そこのシスターが町の人々を訪問する仕事をおこなっています。それは、ナチスの強制収容所に入れられた体験を持ち、いまなお社会復帰できない人たちがおられるからなのです。夜恐ろしくて、電気を消すことができない人がいます。電気をつけておいたらつけておいたで、サーチライトの光を思い出して、寝ることができない。戦後50年も経て、今なおこのような傷が心に深く残っているのです。そして痛みを与え続けています。シスターの仕事は、このような人たちを訪ねていって、手をにぎったり、背中をなでたり、時には子守唄のようなのを歌って、心が静かになるまで傍にいてあげることなのだそうです。

 こういう話を聞くと、人生には同伴者が必要であると思わされます。心の中に収まりきらないくらいの辛い体験を聞いてくれる人が必要です。いや話をしなくても、ただ一緒にいてくれるだけの存在であっても、人が生きるためには、同伴者が必要なのです。それは、家族であったり、友人であったり、職場の仲間であったり、人は自分の生きている場でさまざまな同伴者を見つけます。でも、それが本当の同伴者となりえない現実もあります。家庭が崩壊していたり、友人関係が壊れたり、今日の話では、エマオに向かっているのはクレオパともう一人の弟子です。彼らは二人で、それこそ喋りながら歩いている。その意味で、彼らは互いに同伴者です。でも、島崎光正さんが言われたように、彼ら二人は大変もろい関係でした。主が逮捕されたときに、彼らは共に逃げ出したのでした。また復活の知らせを聞いていながら、彼らはそれを信じることなく、都を離れようとしている。二人は二人で互いに語り合いながら、なお癒されないものを感じていたに違いありません。

 しかしそんな彼らに、新たな同伴者が与えられます。そしてその人は彼らに語りかけ、彼らの話を聞いてくださいます。またそれだけではなく、聖書の話をしてくださり、さまざまな聖書の御言葉の説き明かしをしてくださったのです。彼ら二人の心は癒されていきます。そして心が燃えていきます。今日は27節までを読んでいただきましたが、その後を読むと、彼らは目的のエマオの村に来たとき、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めます。そして一緒に食事の席に着き、主イエスがパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになったときに、彼ら二人の目が開け、このかたが復活の主イエスだと分かったのでした。彼ら二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合ったということです。

 彼ら二人が主イエスに出会ったとき、彼らは最初暗い顔をしていました。しかし真の同伴者が与えられた彼らは、今や、「わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合うほどに癒され、生かされているのです。

復活の主が共に歩いてくださる。そのことによって、彼らは癒されました。そしてまた、信じることのできなかった復活という出来事を信じるものとなりました。いや信じるだけではありません。彼ら自身が、死んだような暗い状態から生き返ることができたのです。まさに復活は彼ら自身の体験となったのです。

 本日発行した教会報「つた」に「復活を信じる」という文章を書かせていただきました。これは前にお話したことを要約させていただいたものですが、そこにも書いたことは、復活を信じるというのは、私たちが信じる信じないというよりは、信じさせていただくといった性質のものだということでした。私たちの側の問題ではなく、むしろ神様の側からの働きかけによって、信じさせていただくというものなのです。24章31節に、「二人の目が開け、イエスだとわかった」とあります。彼らは主イエスの側からの働きかけによって、復活の主イエスを認めることができたのです。そして、そのときようやく、聖書の話によって自分たちの心が燃えていたことをも気づかされているのです。これは他の箇所からも言えることでして、36節以下を読むと、11人の弟子たちが集まっているところに主イエスは現れてくださるのですが、このとき、彼らは亡霊を見ていると恐れたのでした。でも、45節には、「そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた」とあります。主イエスの側からの働きかけによって、彼らの心の目は開かれ、彼らは復活の主を信じることができたのです。そして、復活の知らせを聞いたあとも家のなかに引きこもっていた彼らは、この後、新しく生きるようになります。まさに復活の主が同伴者としていてくださるゆえに、彼らは新しい歩みを始めることができたのです。

 第一コリント1章21節に、「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした」とあります。自らの知恵に頼る限り、私たちは復活の主に出会うことはできません。自らの知恵に頼る限り、私たちは暗い旅路から逃れることはできないのです。悲しみをいだき、心に傷を負う者は、自らの力で自らを癒すことはできないのです。同伴者がいるように見えても、それは実にもろい関係かも知れません。その意味で、本当の同伴者、真の同伴者が私たちには必要です。この人生を共に生きてくださるかたが必要なのです。

 主イエスはこの世の重荷を負う者、病に苦しむ者、罪人とさげすまれる人と共に生きられ、罪人の一人に数えられる受難の道を歩まれました。そしてその歩みは十字架によって終わったのではなく、今や復活の主として、私たちと共に歩いてくださっている。それが今日の聖書の箇所のメッセージです。そして私たちに語りかけてくださり、私たちの話を聞いてくださり、また聖書を説き明かしてくださり、私たちの心を燃やしてくださるのです。私たちの閉ざされた心を開き、私たちを信じるものとしてくださるのです。

 関屋綾子さんの文章を最初に紹介しました。息子さんが倒れた一本道の情景が描かれていたのでありますが、関屋さんもこの道で主イエスと出会っておられます。関屋さんの書かれている文章をお読みして、今日の私の話を終わります。「ある日、あの一本道をひとりで歩いていたわたしの心の中に、すばらしい展開がおこった。太陽が、赤らんで、西の空に沈んでいくころであった。その時、わたしの心は、孤独な一連の詩として、キリストもかつて、この太陽を眺められたのだろうと、ふと思った。」「わたしは、ひとつの光を、自分のものにすることがゆるされたのである。その光に照らして、わたしは神の御言葉を、深く感ずることをゆるされるであろう。」

(2001年4月15日、イースター礼拝説教)