番町教会説教通信(全文)
2018年1拝説教 「居場所」        牧師横野朝彦

  ルカ2・41−52

あけましておめでとうございます。新しい年が皆さんにとって、またすべての人にとって、神の恵み豊かな年であるように、そして平和な年であるようにと願います。

今日はルカによる福音書2章41−52節を読んでいただき、説教の題を「居場所」といたしました。偶然にも、東京教区東支区から、伝道セミナー案内が届きました。講師は精神科医で放送大学の教授である石丸昌彦先生、セミナーのタイトルは「教会が居場所になるために」でありました。案内文には「教会は居場所になっているでしょうか。教会は行きたいところになっているでしょうか」と書かれていました。セミナーは2月12日に富士見町教会を会場におこなわれます。ちょうど番町教会が荷物の引越しをする日です。

「サンマがない」、という言葉を初めて聞いたのはいつだったでしょうか。おそらく20年近くも前だと思います。サンマ、三つの間です。今の時代の子どもたちにとって、時間がない、空間がない、仲間がないと指摘されて久しくなります。そしてこのことはいっそう強く、ないない尽くしになっていると思われます。

学校、塾、おけいこ事などで忙しく時間がなく、また時間があったとしても細切れになっています。昔の子どもは家の前の道路で遊ぶのが当たり前でした。でも今はそんなことはとても考えられません。また子どもたちが何人も集まって遊ぶということがなくなりました。昔は戸外、家の外で遊んでいつまでも帰ってこないというものでした。でも今の子たちは外での遊びは一日にほんの僅かな時間、まったく無いという子もいるそうです。仲間のかかわりは希薄になり、遊ぶ空間は、限りなく狭まっています。

新聞記事に、宮台真司さんというかたの発言が書かれていました。1990年代から日本では、世間というものが消えてしまった、学校どころかクラスでさえ「仲間」ではなく、互いにノリを合わせるだけのせいぜい小集団だけが残った、というのです。そしてこのことにより、人間としての社会性を身につけることや、人と人とがかかわっていく能力が衰えてきているといいます。

時間、空間、仲間ばかりか、世間までも消え、人間関係が希薄になり、無くなってきています。電車のなかでほぼ全員がスマホを見ているのは、なんとも不思議な光景です。まさしく世間がなくなった世界です。なにか悩み事や心配事があっても、孤立感のなかで、問題を一人で抱え込んでしまうことがあります。ネット上で見知らぬ人に相談をし、犯罪に巻き込まれるケースもあります。人と人との関わり合いというのは、ある意味面倒なこともあります。でも本当は、人との関わり合いのなかで、問題を解決する能力が養われるものです。

そのような時代において、教会という場所、それは、サンマ、3つの間の、それぞれになることができる可能性があると思います。広いグランドはありませんが、居心地のよい空間を提供することができることでしょう。時間そのものを提供することが難しくても、居心地のよいひとときを提供することはできるはずです。また、そこに集うことによって、少しずつでも人と人との輪が広がり、仲間ができていくならば幸いなことです。

番町教会は来月に新しい会堂に移ります。新しい会堂がそのような場、サンマ、3つの間になることができればと思うものです。そしてそこに居場所を見出し、さらに主なる神がわたしたちと共にいてくださること、言うならば真の仲間としてわたしたちと共にいてくださることを見出していただければ、それ以上うれしいことはありません。

教会は、今言ったような意味での居場所であり、また居場所になることができるところだと思います。そしてそれは自分の家と言ってもよい場所です。

わたしは自分自身の若い頃のことを思い起こします。学校での生活や友人関係に特に問題があったわけではありません。でも、いろいろな悩みや、コンプレックスや、行先の見えない不安など、若者が誰でも持つような悩みといえばそれまででありますが、自分に自信が持てない時期が長くありました。でも、そのような自分を助けてくれたのは、教会という居場所があり、教会の仲間があり、また礼拝と午後、あるいは土曜日などに教会で過ごす時間でした。

そしてわたしと同じような体験を、多くのかたがしていることを、教会のなかでの証しなどの機会に聞いてきました。あるかたは、毎日朝から晩までの勤務ではすまず、夜には得意先と付き合って、家には短い時間を眠るためにだけ帰るという生活がずっと続いていました。自分を見失うというより、自分そのものがどこにもなくなってしまったそんな毎日のあるとき、ちょうどクリスマスだったそうですが、彼はたまたま夜の街を歩いていて、通りがかりに教会を見つけます。おそらく吸い寄せられるように中に入ったのでしょう。そして礼拝堂に座っていた彼は、ここに自分の居場所があったのだということに、目を開かれるようにして気付いたといいます。また別のかたも、仕事に追われる毎日のなかでたまたま教会の前をとおりかかり、聞こえてきた讃美歌に心癒され、なかに入られ、自分の居場所を見出されたとのことです。

家、それは自分が居てもよい場所です。だれでも家に帰れば、そこでホッと息をつくことが出来る場所であるはずです。現代社会において家庭の崩壊とか、家が必ずしも居場所になりえない現実があるのは承知していますけれど、しかし基本的に、家は自分の居場所です。立派な人間だから家にいることができるとか、優秀で真面目だから家にいることができるとか、そんなことでないのは当然のことです。仮に悪いことをしたとしても、家はそれを受け入れてくれるところです。

ルカ15章に書かれている「放蕩息子」の譬を想い起こします。この息子は、聖書の言葉によれば「放蕩の限りを尽くして」、生活に行き詰ってしまったのでした。彼は犯罪をおかすというような意味での悪い人ではなかったと思いますが、それでもそれこそ勘当されてもしかたのないような生き方をしていました。でも、聖書のこの譬話は、彼が後悔して家に向かったとき、父親は彼がまだ遠く離れたところにいたにもかかわらず、彼を見つけ、喜んで迎え入れました。そしてこの父親が神さまのことであるのは、皆さんもご承知のとおりです。

放蕩息子には、父なる神の家という居場所があったのです。彼は最初そこが自分の居場所だとは気づいていませんでした。遠い世界にもっと居心地のいいところがある。そう思ったのでしょう。でも、行き詰まり、友人たちまでも離れていくなかで、真の居場所に気づいたのでした。

ここで今日の聖書の箇所にどんなことが書かれているのか、見ていきたいと思います。冒頭の41節に「両親は過越祭に毎年エルサレムへ旅をした」とあります。過越祭にエルサレムに行くことは、当時の信仰深い人々にとってごく当然のことでした。費用も時間もかかることですから、誰もが毎年行くことができたとは思えませんけれど、エルサレムに向かう道は人で賑わっていたことでしょう。

また、一人旅、家族旅というのではなく、おそらく村の人たちが大勢連れ立って旅に出かけたのだと思います。そして過越祭が終わって村に帰るときも、近所の人たち、村の人たちが連れ立って帰って行きました。皆顔見知りという親しさや安心感があって、大人たちだけがかたまり、子どもたちだけがかたまり、一緒に歩くという光景が想像されます。

でも、今の社会でも通用することですけれど、子どもの安全というのは、大人がたくさんいるほうが、かえって目が届かなくなってしまいます。たくさんの人がいるので、それだけで気持ちをゆるしてしまうのです。43‐44節によれば、少年イエスはエルサレムに残っていたのに、両親はそれに気づかず、道連れの中にいると思い込んで一日分の道のりを行ってしまいます。

一日の道のり、大変な距離です。エルサレムとナザレとは直線距離で100kmを超える程度ですから、そんなに遠くではないと言えますが、実際には山の上り下りが厳しいので、どれほど歩いたのでしょうか。いずれにせよ、かなりを歩きました。そこで少年イエスがいないのに気づいたのです。まる一日も気づかないなんて何ということだと思いますが、村の人たち、親戚の人たちが連れ立って旅をしているのですから、十分にありうる話です。ただ冗談めかして言えば、出発時に点呼ぐらいすればよかったのにと思います。

そのため、ヨセフとマリアは、来た道を再びエルサレムのほうに戻り、少年イエスを探しまわります。そして3日も経ったのちに、少年イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけるのです。

マリアは思わず言います。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」ところが、これに対する少年イエスの答が、「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前」という言葉でした。少年イエスは、自分にとっての本来の居場所が、父なる神の家であることを明らかにされたのでした。

ここで、人によっては、主イエスが神の子であることを表明されたのだと読むむきもありますが、そこまでは言われていないと思います。むしろ、この出来事を読むわたしたちもまた、本来的な意味での家、まことの家は神のもとにある、そう考えるべきでしょう。

51節を読むと、「イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった」とあります。主イエスは両親に仕えられました。自分の家は神殿にあるのだからと言って、両親から離れたのでも、両親を無視したのでもありません。主イエスがガリラヤ湖畔で福音を宣べ伝え始められた公の生涯、公生涯と言われるのは30歳からとされています。それまでは両親に仕えられたのでした。

それから、今日の物語をめぐってひとつの解釈があります。少年イエスがいなくなって、見つかったのが3日目であったということです。これを主イエスの受難と復活、十字架の死から3日目に甦ったことの予告であると解釈する人がいます。これも興味深いことでありますが、そこまで読み込むことはないだろうというのがわたしの気持です。

ところで、福音書のなかで少年時代のイエスが書かれているのはこの箇所だけです。これまでこの物語は多くの人の関心を引きつけたようです。この場面が絵画にも描かれてきました。そしてこの話から神童イエスを想像した人も多くいます。幼い頃から天才的な能力を発揮して、神の童、神童と呼ばれる人がいます。テレビ番組に、抜群の記憶力を発揮する子どもが登場することがあります。少年イエスもそれと同じように見られることがあります。

新約聖書外典と呼ばれる書物のひとつに、「トマスによるイエスの幼児物語」があります。おそらく人々の間に言い伝えられていた物語を、2世紀になってまとめられたものと考えられます。内容は伝説的で、残念ながら信仰を伝える文書としてはあまり価値がありません。

でも、興味深いので少しだけ紹介します。

イエスが5歳のとき、粘土をこねて12羽の雀を作り、「行け」と命じると雀は羽を広げて鳴きながら飛んでいったとかというような、イエスが幼いときから、いかに不思議な業をしたか、いかにすぐれた知識を持っていたかを書いています。12羽の雀の話などは、ファンタジーの世界に属するものでしょうけれど、ほかにも6歳のときにおこなった奇跡、8歳のときにおこなった奇跡、また建築現場で死んだ人を生き返らせた話などがあります。

なかには怖い話もあります。子どもが走ってきてイエスの肩にぶつかったため、イエスが怒り、その子は倒れて死んでしまったというような、とんでもない話があります。イエスを超自然的な奇跡をおこなう神童として描き、先ほども言ったように、信仰的な意味も薄く、また歴史的な信憑性はありません。

この「トマスによるイエスの幼児物語」のなかに、12歳のときの少年イエスが、エルサレム神殿に行ったときのことも書かれています。ちょっと読んでみましょう。「彼らは一日の道中をしてから、親戚の間でイエスを探したが見つからないので、悲しんで、探しながらもう一度町に戻った。そして3日目に、彼が神殿で教師たちの間に座って、耳を傾けたり質問したりしているのを見出した。みなが注意を向けて、どうして子どもでありながら律法の要点や預言者たちの比喩を解釈し、長老たちや民の教師たちの口をつぐませたりできるのか驚いていた。」このように書かれています。

律法の要点や預言者たちの比喩を解釈し、長老たちや民の教師たちの口をつぐませたというのですから、まさしく神童というべきでしょう。「聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた」と書かれています。確かに、少年イエスの賢さが書かれてはいます。でも、「長老たちや民の教師たちの口をつぐませた」といったような神童ぶりを描いているのではありません。

ルカがこの物語をとおして言いたいことは、ただひとつ、それは「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前」ということです。すなわちわたしたちにとって、まことの家は父なる神のもとにあるということです。

主イエスにとっては、神さまこそまことの父であり、そこが自分の居場所としての家であると、ここで明らかにされています。主イエスは、祈りのときに神さまに向かって、「アッバ」、すなわち「お父ちゃん」とでも訳したほうが良いと思える言葉で呼びかけられました。神さまのことを、遠くにおられる存在、自分たちからは遠く離れた神秘的な存在、超越的な存在というよりは、いつも共にいて見守りを与えてくださる身近な存在として、主イエスは神さまを「アッバ」と呼ばれました。

少年イエスが神殿のことを「自分の父の家」と言ったときの「父」は、パトロスという単語で、アッバではありませんが、いずれにせよ、神さまに礼拝をささげるところ、祈りがささげられるところ、聖書の御言葉が語られ、聴かれるところこそが、自分の家、自分の居場所なのだという返答でした。主イエスはまた、「だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である」と教えてくださいました。教会は、神の家族であり、互いは兄弟姉妹であり、そしてわたしの家、わたしたちの家なのです。

詩編27に歌われています。「ひとつのことを主に願い、それだけを求めよう。命のある限り、主の家に宿り、主を仰ぎ望んで喜びを得、その宮で朝を迎えることを。」 また詩編84、「いかに幸いなことでしょう、あなたの家に住むことができるなら、まして、あなたを賛美することができるなら。」

パウロはまた、わたしたちが地上での生活を終えたあとのことを次のように言っています。第二コリント5章です。「わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。」

わたしたちは今、どこに自分の居場所を見つけているでしょうか。皆さんは今、教会に集い、礼拝をもっておられるのですから、その意味ではしっかりと居場所をここに見出しておられるということです。でも、場合によっては、それはいくつかの居場所のひとつなのかもしれません。人によっては、まだここが居場所とは言えず、お客さんでいるのかもしれません。

あるいは、今ここにおられないかたのなかには、教会という居場所の存在を知りながら、入り口で立ち止まっている人がいるのかもしれません。教会の敷居が高いという言葉で言われるように、それは教会自体の問題でもありますから、この点わたしたち自身が変わらなければなりません。そして新しい会堂がそのために寄与してくれることを願っています。

(2018年 1月 7日 礼拝説教)