番町教会説教通信(全文)
2015年8拝説教 「戦うことを学ばない」    牧師 横野朝彦

イザヤ2・1―5


8月第1主日は、日本キリスト教団の行事暦で「平和聖日」です。平和について考え、また平和を心から祈る日として定められています。そこで今日は、イザヤ書2章1―5節を読んでいただき、そこに書かれている聖書の言葉の一節、「戦うことを学ばない」を説教題としました。

今月の最後の週、8月30日に霊南坂教会の後宮敬爾牧師を招いて、特別礼拝と講演会を予定していますが、後宮牧師は来週9日には弓町本郷教会で礼拝説教と講演会をされます。弓町本郷教会では、その日、平和祈念集会として、平和をテーマに礼拝と講演会が持たれます。毎年、8月のいずれかの日に外部から講師を招き、平和祈念集会が持たれているようです。

また教会によっては、礼拝のなかで、いわゆる戦責告白を皆で共に朗読することがおこなわれています。戦責告白とは、1967年に日本キリスト教団が総会議長鈴木正久の名で出した「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」です。戦責告白のなかで、「かつて教会が戦争を是認し、支持し、その勝利のために祈り努めることを」してきたこと、そして再びそのような過ちを繰り返すことのないようにとの決意を告白しています。

わたしたちの教会では、これまで特別行事的なことをおこなってきませんでしたが、それでも、8月第1日曜日が平和聖日であることを覚え、また8月中の礼拝では、平和をテーマに語ることを多くしてきました。

平和とは何でしょうか。どのような状態を平和というのでしょうか。平和。手元にある国語辞典をひいてみると、「平らかにやわらぐこと。おだやかでかわりのないこと。戦争がなくて世が安穏であること」と説明されていました。この説明で間違いはありません。平らかとは、要するにでこぼこしていない、つまりは波乱がない、安らかな状態でしょう。やわらぐとは、柔らか、あるいは互いに睦まじく、親しくという意味です。穏やかで変わりがない。物事や心の落ち着いた状態、特別に変わったこと、変化がおこらないということ。

どなたかが、何も起こらないのが一番よいと言っておられました。変化なく、平凡な人生というのは幸いなことであると思います。そして戦争がなく世の中が安穏、無事であれば申し分ありません。あるいはまた、周りがどんなに騒がしくても、心が静かであればよいという考えもあります。「心頭滅却すれば火もまた涼し」という言葉があります。禅のお坊さんの言葉だと思います。無念夢想の境地に入れば、言い換えれば、心から雑念を取り除けば、暑さも感じなくなるものだという意味です。

世間がどんなに騒がしくても、宗教的境地に入れば、心静かでいることができるといった解釈もされることでしょう。でも、それはその人ひとりにとって心静かかもしれませんが、わたしたちの求める平和とは少し違うようです。

パックスロマーナという言葉があります。ローマの平和、その昔、新約聖書の時代を含むおよそ200年間、ローマ帝国が支配をしていたときの地中海世界の状況を表しています。この時代は、国内の治安も確立し、ローマ帝国内各地では都市が繁栄し、人々は平和を謳歌したと言われています。でもそれはあくまでローマの平和でした。ローマ市民権を持っている人たちにとっての平和と言ったほうがよいでしょうか。

一見、平和で安定しているように見えながら、その実は平和を享受できないでいる人がいました。そしてパックスロマーナのロマーナの部分に、歴史上、大国とされてきた国々の名前を当てはめて考えることもできるわけです。それはピラミッド型の構造で、繁栄を享受するのは、上のほうの一部の人たち、そして圧倒的に多くの人たちがそれを下で支えていることになります。現在の世界が、なにかと不安定になっているのは、ピラミッドの構造にゆらぎが生じているからだと思います。

話をもとに戻します。教会が、またキリスト者が考えるべき平和とは、今言ったような平和ではありません。すなわち、大国があって、ほかの国々はそれに逆らわずにいるので、表面上は穏やかであるという、パックスロマーナの平和がわたしたちの願う平和ではないと思います。そしてまた、まわりにいくら争いがあろうとも、傷つく人がいようとも、自分の心が平穏だから平和だということでもありません。

聖書が言う平和は、戦争がなければ平和だと、それだけの意味ではありません。もちろん言うまでもありませんが、それが戦争をすることの口実にはなりません。戦争があってはならない、かといって戦争がなければそれでいいかというとそうではない、聖書が語る平和は、もっと積極的に、人と人との和解を、国と国との和解をうながすものであるはずです。

田口ランディさんが、「永遠の火」、「被爆のマリア」といった小説を書いておられます。「永遠の火」とは、原爆の火のことです。10年ほど前に書かれたものです。田口さんの一連の作品のなかに「時の川」という短編小説があります。小説の主人公はタカオという中学2年生で、学校の研修旅行で広島に来ています。被爆者のひとりであるミツコさんが語り部として被爆体験を語ります。昼食休憩の時間、集団から離れたタカオはミツコさんと偶然に出会います。ミツコさんは言います。「原爆というのは、おまえたちは無用だ、ということだと思うの。」「おまえたちは無用だ。死んでいい存在だ。そういうことです。庭にまく殺虫剤のようなもの。」

この小説は、タカオ自身が子どものころに癌にかかり、そのために腰椎の発育に異常があり、背丈が伸びません。集団行動が難しく、まわりから少し除け者にされています。小説は、お父さんの死などさまざまなことが絡み合っています。生きにくさを感じているタカオと、原爆が「おまえたちは無用だ」ということと、重ねあわされて小説は展開するのです。

この小説があらわしているように、平和とは、たんに穏やかであるとか、安穏であるということではありません。さらに進んで、国と国、民族と民族、そして同じ国、同じ民族であっても、あらゆる違いを超えて互いの生き方、考え方、命が尊重される社会でなければならない、誰もが「おまえたちは無用だ」とされるのではなく、また「自分は無用だ」と思うのではなく、互いの命と生き方が尊重される、そのような世界を求めていきたいものです。

今、日本国は戦争や安全保障についての論議がされています。毎日の新聞の見出しを読むだけでも、戦争という言葉や文字を目にしない日がありません。近隣の国の名前が具体的にあげられて、その脅威とどう向き合うかが語られています。いったいわたしたちはどうなるのか、どういう方向へ向かっているのかと、だれもが心を騒がせてしまいます。そして心騒がせるなかで、いつのまにか、心の中に敵を作ってしまっているように思えます。

今日は旧約聖書からイザヤ書を読んでいただきました。イザヤが活躍をしたのは紀元前8世紀、今からおおよそ2800年前のことです。国は大国アッシリアの脅威にさらされています。イザヤが預言を始めた時期は、北王国イスラエルが、まさにアッシリアによって滅ぼされた時期と重なります。イザヤが預言者として活躍をした南王国ユダも、その危険にさらされていました。まさしく敵に囲まれ、国の存亡の危機に立たされていたのです。

そのとき、人々はあわてふためきました。怖れと不安に襲われました。そしてアッシリアとどのように戦うか、アッシリアに対してどのように力で対決するかを考えたのでした。これは言うならば、当然の対応であると思えます。ところが、預言者イザヤは、人々が考えている力の対決とはまったく違うことを考えていました。いや、考えていたというのではなく、イザヤはそれを神さまから示された言葉として人々に告げたのです。

イザヤが語ったことのポイントは3つあります。第一は、国の存亡の危機に立たされているイスラエル自身のうちにある罪です。イザヤは、国が崩壊するのは国家の弱さとか外国の軍隊とかのせいではない。そうではなく人々が神の言葉を聞いているかどうかにすべてがかかっているのだと述べます。新共同訳聖書の見出しを見ると、1章には「ユダの審判」、2章には「高ぶる者に対する審判」、3章には「エルサレムとユダの審判」、5章には「富める者の横暴」と、厳しい言葉が続いています。迫り来る敵の悪い点を述べるのではなく、自らの罪を省みているのです。

そしてそのようななかで、イザヤは敵アッシリアに対して、武力をもって抗うのではなく、鉾をおさめよと語ります。それが第2のポイントです。そしてそれが今日読んでいただいた箇所です。終わりの日、すなわち神さまの御心が現されるときが来る。そのときには、主の山がこの世の為政者よりも高く立てられる、そして破壊の武器である剣や槍が、平和な農業の道具としての鎌や鋤に打ち変えられるというのです。「国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない。ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」

侵略を間近に体験しているこの時代の人々が、武器のない絶対的な平和の幻を持ち、その時代と人々の間で幅広く語られ、夢見られたのです。このイザヤの絶対平和の幻は、争いごとのない世界で考えられた言葉なのではありません。そうではなく、それこそ安全保障について、その危機が語られるなかで、神の言葉として語られたのです。

「国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない。」この言葉は、ニューヨークにある国連の本部のロビーにも刻まれているそうです。国連もまた、決して理想的存在といえないにしても、しかしそれでもなお、全世界の対話の場である国連の本部に「国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」という言葉が刻まれていることの意味は大きいと思います。

旧約聖書において平和をあらわすのは「シャローム」という言葉です。そしてこの言葉は、平和を表すだけではなく、挨拶の言葉としても用いられます。「平和があるように」ということです。でも単に平和というのでは不十分な気がします。わたしはむしろこれを「神の平和」と訳したほうがよいのではないかと思います。「神の平和があなたにあるように」ということです。自分が安寧であればよい、自分が平和であればよいのではなく、神の平和があなたに、そしてこの世界にあるように。そのように互いに祈ることが、聖書の語る平和の本来の姿であろうと思います。シャロームとは、人間の考える平和ではなく、神さまとの関係における平和だからです。そして神さまとの関係のなかで、わたしたち人間同士の関係も見直され、和解への道が求められているのです。

キリスト教の基本的な考え方として、人間はその罪のゆえに神さまとの関係が壊れている、また他の人との関係が壊れてしまっている、その壊れを人間の力によって修復することはできない。このように考えられています。

そして神さまはその関係の壊れを、神さまの側から手を差し伸べてくださって、修復してくださった。それがイエス・キリストの出来事です。神は独り子イエス・キリストをわたしたちのもとに遣わしてくださり、その十字架によって罪を赦し、和解を与えてくださった。和解とは仲直りということですけれど、これが神との平和の基本的な考え方です。

そしてこのような神の愛、神のがわからくださる和解の出来事に生かされるとき、どの一人も大切にされる社会、どんなひとりをも、無用ではなく、神さまの前に大切な存在として生かされていく、そのような社会をわたしたちは求めていかなければならない。またそのために努めていかなければならないと思います。

他国への不信感ではなく、信頼を。そしてその前に自らの国が信頼される国となること。そのことが、武力による安全保障などよりもはるかに大切であると思わされます。

ディートリッヒ・ボンヘッファーという、1945年にナチスによって処刑された神学者・牧師の言葉をこれまでにもよく取り上げてきました。わたしはボンヘッファーの獄中書簡に心ひかれ、これまでよく紹介してきたのですけれど、今日紹介したい言葉は、ボンヘッファーが逮捕され、獄に入れられるよりも前の時代のものです。1934年8月におこなった「教会と世界の諸民族」という講演で語られたものでありますが、1934年はどんな年であったか。その前の年、ヒトラーが首相となりました。そして1934年8月、ヒトラーは大統領と首相の権限をあわせ、総統となり、名実ともに独裁者となったのでした。ボンヘッファーが語った講演は、まさにその時期のものです。

どのような言葉が語られたのでしょうか。それは、平和という言葉と、安全という言葉が混同されているということでした。少し長いですが、引用します。

「いかにして平和は成るのか。政治的な条約の体系によってか。いろいろな国に国際資本を投資すること、すなわち、大銀行や金の力によってか。あるいは平和の保証という目的のために、各方面で平和的な再軍備をすることによってか。違う。これらすべてのことによっては、平和は来ない。その理由の一つは、これらすべてを通して、平和と安全とが混同され、取り違えられているからだ。安全の道を通って<平和>に至る道は存在しない。なぜなら、平和は敢えてなされねばならないことであり、それは一つの偉大な冒険である。それは決して安全保障の道ではない。平和は安全保障の反対である。安全を求めるということは、[相手に対する]不信感をもっているということである。そしてこの不信感が、ふたたび戦争を引き起こすのである。安全を求めるということは、自分自身を守りたいということである。平和とは、全く神の戒めにすべてを委ねて、安全保障を求めないということであり、信仰と服従において、諸民族の歴史を、全能の神の御手の中におくことである。武器をもってする戦いには、勝利はない。」

この言葉は、今日もなお、いや今日のわたしたちにとってこそ、重要で、かつ新鮮に響きます。安全を求めることと、平和を作り出すことは同じではありません。わたしたちは、安全を求めるために、家の周りに塀をめぐらし、監視カメラをつけ、ガードマンを雇い、そしてそれと同じことを、国という単位で、壁を作り、今では宇宙からも監視をし、武力を展開させる。それは平和とは遠い道でしかありません。

ボンヘッファーはこれらの言葉に続けて、士師記7章で、神がギデオンに対して、兵士の数が多すぎると武装解除をされたことを述べています。あのとき神は、3万人いた軍隊を最終的に300人に減らされました。人間が自分の力で物事を解決しようとしたり、自分の力で相手を支配しようとする過ちを指摘し、何よりも神さまに立ち返ることを勧めるのです。

今日の箇所でも、2章3節に「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」とありました。主の山に登る、ここで言われている意味は、直接的には、主の神殿のある山エルサレムのことだと思われますが、主の山に登りという言葉が意味することは、神さまに立ち返ろうということです。「主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう。」

もうひとつ、ボンヘッファーの言葉を紹介して話の終わりとします。それは、マタイによる福音書の5−7章、山上の説教についての聖書研究のなかでの言葉です。「平和を作り出す人たちは幸いである。彼らは神の子と呼ばれるであろう。イエスに従う者は平和へと招かれている。・・・イエスこそ平和である。・・・イエスの弟子たちは、ほかの人を苦しめるよりはむしろ自分自身で苦しむことによって、平和を保持する。・・・平和を作り出す人は、その主と共に十字架を担うであろう。なぜなら、十字架において平和は作り出されたからである。」

 (2015年8月 2日礼拝説教)