番町教会説教通信(全文)
2015年7拝説教 「賜物はすべての人に」    牧師 横野朝彦

使徒言行録11・4−18

今日は聖書日課にしたがって使徒言行録11章4−18節を読んでいただき、説教の題を「賜物はすべての人に」といたしました。

わたしたちの教会は会堂を新しく建てるために、コンセプトと基本構想をまとめ、何人かの設計者のかたと面談をしているところです。設計をどなたにまかせるかを決めるのは難しいことです。図面を書いて、仮に模型まで作っていただいたとしても、それからの話し合いのなかで形は変わっていきますから、最初の図面が判断基準になるわけではありません。また設計者の設計思想がどんなに素晴らしくても、わたしたちの求めるところと、どう一致するかも難しいところです。

話し合いのなかでどれだけお互いがわかりあえるか。互いに共鳴するところが出てくるかがひとつの基準になると思います。もっともこれはかなり主観的で、また人によって受け止め方は違いますから、なかなか難しいことです。

ひとりの建築家のかたにアドヴァイスをいただいたとき、そのかたは礼拝堂に入るまでの道のりのことを言われました。道のりではなく、何か別の言葉だったと思いますが、道路から礼拝堂までの間にたとえ短くても心を整える場所と空間が欲しいとのことでした。神社でいうならば、参道がそれにあたるのでしょう。また別のかたは、神社やお寺の境内で子どもたちが遊んでいることを例えとされました。いつでもだれでも入ることのできる空間があって、そこで子どもたちは遊び、また時に悪さをしています。でも、そのようにして、そこがまた同時にわたしたちを超えた存在に向かって手を合わせる場であることを、遊びながら学ぶのだろうと思います。

教会は、門扉が閉まっていることがしばしばです。教会は入りにくいところになっています。教会のなかにいるとそのことがよくわからないのですけれど、外から見ると、入るのにはだいぶ勇気がいる、敷居の高い場所になっています。チャペルコンサートの案内を新聞折り込みをしています。当然誰でも来てほしいから新聞折り込みをしているにもかかわらず、「クリスチャンではありませんが、行ってもよいですか」と問い合わせの電話があります。教会の入り口では、出席者に名前を書いていただいています。外国の教会ではそのような習慣がないと聞きました。なんでもないようなことが敷居になっていることは多いのだと思います。

八木谷涼子さんというかたがおられます。「なんでもわかるキリスト教大事典」、「キリスト教歳時記」といったキリスト教に関するさまざまな知識を提供してくれる本を出しておられますが、2年ほどまえに「もっと教会を行きやすくする本」を出されました。受付から、電話の応対、ありとあらゆることで教会の現状がちょっと皮肉をこめて指摘されています。なかには、そんなことを言われてもと思うこともあるのですが、興味深い話題を提供してくれていますので、皆で話し合うにはよい本だと思います。

神社の境内で遊ぶ子どもたちのことを言いましたが、このことが子どもだけでないのは言うまでもありません。境内に散歩に来られるかたもおられるでしょうし、またお茶の会や趣味の会があります。10年以上前、ある教会に行ったとき、教会玄関のすぐ脇にバスケットボールのゴールが置かれており、中高生が遊んでいました。随分大胆な試みだなあと感心をしました。これなどそのまま真似をすれば、きっとやかましいとか音がうるさいと、文句がでるに違いないし、わたし自身そう思うに違いありません。

教会は神社の境内のような広さがありませんし、また人手もありませんから、同じようなことをするのは無理だと思います。でも、最初から無理と考えてしまうのではなく、なにか工夫ができればいいなと思うのです。

何年か前に教会の案内を作りました。すてきなデザインに仕上がりました。これを作成するとき、Open for Allという言葉が使われました。教会はすべての人に開かれているという、教会の姿勢を打ち出したものでした。その後この言葉は大事にされ、今回会堂建築のコンセプトにも、「Open for All の精神のもと、地域社会とのつながりを大切にします。人種、性別、年齢などの隔てなく開かれ、互いを受け入れ認め合い、多様性を重んじ、弱い部分を大切にするキリストの体を作ります」と書きました。

これは言葉で言うのは簡単ですが、実際にこれをやろうとすれば、いろいろ難しいことが起こってくることだと思います。いや実際には言葉で言うのも簡単なことではないと思います。プロテスタント教会の多くは、日常の教会管理は牧師ひとりがしています。実際のところ、Open for Allを牧師ひとりが担うのは不可能です。でもだからといってこれは無理だというのではなく、この精神を大切にして教会形成ができればと願うものです。

教会集会室の本箱の前に、教会建築に関する資料が置いてあります。今回面談をした建築家のかたが書かれた本や、写真集、そしてこのたびの建築準備の協議内容の記録、またオルガン見学の記録、その写真など多岐にわたって置いてあります。ぜひ手に取ってご覧いただきたいと思います。またこれらを準備してくださった委員のかたの労苦に感謝をするものです。

そのなかに、ドイツにライプツィヒのニコライ教会の写真があります。ライプツィヒはバッハにゆかりあることで有名な町です。ぜひあとで写真をご覧いただきたいと思います。ニコライ教会は創立が12世紀という800年も前、古い教会です。この教会の前の道路に小さな看板があります。実はわたしもそこに行ったことがあるのですが、気づきませんでした。その看板に書かれている言葉は、Offen f?r Alle です。すなわち英語ではOpen for Allとなります。わたしは最初この言葉を、「どなたでもどうぞ」という程度の意味だと思っていました。でもニコライ教会に掲げられている言葉だと知って、まったく違う意味があることに気づかされました。

ライプツィヒは旧東ドイツにあります。遡れば1982年、フェーラーという牧師が毎週月曜日に「平和の祈り」という集会を開きました。フェーラー牧師の牧会姿勢はOffen f?r Alleでした。そしてそこに平和や環境、人権の問題にかかわる人たちが多数集まるようになります。そして「平和の祈り」のあとデモ、平和パレードというべきでしょうかが行なわれていきます。そして1989年、教会の「平和の祈り」とそのあとのデモの参加者はなんと7万人となり、その後1ヶ月を経ずに、東西を隔てる壁は崩壊したのでした。

東西ドイツの壁を打ち破られたのには、ニコライ教会の祈祷会が大きな役割を果たしました。そのことを考えると、Offen f?r Alleは、ただどなたでもどうぞということよりも、もっと深い意味のあることがわかります。すなわち、思想、信条、国境、さらに民族などなど、人と人とを隔てるもの、人と人とを隔てる事柄、そういったものを打ち破るのがOffen f?r Alleなのです。

さて、今日は聖書日課にしたがい、使徒言行録11章前半を読んでいただきました。ここには初代の教会がまさしくOffen f?r Alleしていく様子が描かれているところです。その話の内容は10章から続いており、そして今日読んでいただいたところは、10章に書かれていたことのほとんど同じことの繰り返しです。内容に入る前に、この繰り返しについて少し話をしておきます。

使徒言行録にはほかにも同じ話を繰り返している場面があります。パウロの回心の話です。その昔サウロと呼ばれていた彼がイエスと出会い回心をしたという話が、使徒言行録には9章、22章、そして26章と、なんと3回も繰り返されています。このことは、使徒言行録の著者ルカによる文学的な技法であるのですが、なぜこのように繰り返したのか、それはなんといっても、この出来事がいかに重要であったかということです。

使徒言行録15章に、エルサレム会議のことが書かれています。律法を異邦人も守るべきか否かで開かれた教会会議です。この報告を読むと、15章の前半と後半でほぼ同じ内容が繰り返されています。これも、このことがいかに大事かをルカが言おうとしているのです。

また、単純な繰り返しではありませんが、ルカは福音書の15章で3つの譬話を書いています。最初に失われた1匹の羊、次に失われた銀貨、そして3つ目にいわゆる放蕩息子の話、内容的に同じ話が続きます。これなども一種の繰り返しによって、ルカがこの話をいかに大事に思っているか、このことを強調したいのだということが伝わってきます。

使徒言行録10章と11章の繰り返しも、ルカがこの出来事をどれほど大きなことと見ているか、強調したいかが伝わってきます。10章にさかのぼって内容を見ていきます。10章冒頭に、コルネリウスという人が出てきます。この人はカイサリアに住むローマの百人隊長です。あるとき彼は幻を見ます。それは、ヤッファというところへ人を送って、ペトロという人を招きなさいというものでした。

そしてそれに呼応するように、ペトロもまた幻を見ます。それは天が開けて、大きな布のような入れ物が四隅をつるされて地上に降りてくるという不思議な幻でした。その中には、あらゆる獣、地に這うもの、空の鳥が入っていました。そして、「ペトロよ、身を起こして、屠って食べなさい」という天からの声が聞こえてきます。ペトロは大変驚きます。そこに入っていた動物は、旧約聖書の律法によれば汚れたもの、食べてはならないものだったからです。

現在でも、ユダヤ教やイスラム教では豚を食べませんし、ヒンズー教にとって牛は神聖な動物です。旧約の時代は、この規定が詳しく定められていました。旧約聖書レビ記11章に詳しい記述があります。例えば、らくだ、岩狸、野兎といった動物、鳶、隼、烏、こうのとり、こうもりといった鳥、やもり、とかげといった爬虫類などを食べてはいけないと、細かく定められています。

豚はなぜ駄目なのでしょうか。豚は多産であって、豊穣の神としてのバアルにささげられていたものであったからなど、理由が考えられます。おそらく、実際的な衛生上の問題と、宗教上のタブーが重なって定められたのでしょう。そして、ペトロの見た幻で、大きな風呂敷包みのようなもののなかには、これらの動物がいっぱい入っていたのです。

ペトロは恐ろしくなって言います。「主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません。」そうすると、再び天からの声が聞こえます。「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない。」こういったことが3度もあって、その入れ物は天に引き上げられてしまったのでした。

ペトロは、いったい今の幻は何だろう、何を意味しているのだろう、今見た幻の意味は何かと考えます。ペトロに答えはわかりません。彼はひとりで思案に暮れていたということです。ところがそこへ、ペトロを訪ねて3人の人たちがやってくるのです。それは、カイサリアの町に住むコルネリウスという人の使いでした。そして、ペトロに対して、コルネリウスのところへ来てほしいと頼むのです。ペトロは最初、ためらいました。なぜためらったのか、それはすなわちコルネリウスが異邦人だからです。

先週はフィリポがエチオピアの宦官と会った話を取り上げました。フィリポはもともと外国に住んでいたユダヤ人で、異邦人との付き合いにそれほど抵抗はなかったと思われます。けれども、主イエスの12人弟子の一人であったペトロにしてみれば、異邦人と付き合うということに、とても大きな抵抗がありました。異邦人に会うというだけで、嫌悪感というか、身についた差別意識のようなものがあらわれ、心のブレーキがかかってしまうのです。

またカイサリアという町自体が、ペトロにとって恐ろしい場所でした。カイサリアという名前が、カイザル、つまりローマ皇帝という意味から取られたもので、しかも異邦人に会いに行く、ペトロは不安を隠しきれません。けれども、ペトロはそこで先ほど見た幻の意味がなんであるかに気づいたのでした。それについては、使徒言行録10章28節以下に、ペトロ自身の言葉として説明されています。「あなたがたもご存じのとおり、ユダヤ人が外国人と交際したり、外国人を訪問したりすることは、律法で禁じられています。けれども、神はわたしに、どんな人をも清くない者とか、汚れている者とか言ってはならないと、お示しになりました。」

そしてこの後、ペトロはコルネリウスの家で福音を語り、多くの人に聖霊がくだり、また洗礼が授けられたのでした。今日読んでいただいた聖書の箇所は、これらの出来事のあと、ペトロがエルサレムに帰り、カイサリアで起こった出来事をエルサレムの教会に報告をしたという場面です。

ペトロがエルサレムに帰ったときに、ユダヤ人キリスト者たちがペトロの行動を非難しました。11章3節にあるように、「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」という非難です。つまり異邦人の家に行って一緒に食事をする、たったそれだけで、非難の的になったのです。主イエスご自身が、罪人とされる人たちの家に行き、共に食事をされたために非難されていますが、イエスの教えを聞いているはずのエルサレム教会の人たちが、ペトロがとった行動を非難するのです。このことからも、そして今日の話が、10章から11章にわたって、繰り返し描写されていることからも、この出来事は初代教会にとって、内部の対立を引き起こすくらいの大きな騒動であったことがわかります。

そこでペトロは彼が見た幻について説明をし、またコルネリウスの家での出来事について説明します。そして11章17節でペトロは次のように述べています。「主イエス・キリストを信じるようになったわたしたちに与えてくださったのと同じ賜物を、神が彼らにもお与えになったのなら、わたしのような者が、神がそうなさるのをどうして妨げることができたでしょうか。」

このペトロの言葉のなかで、もっとも重要なのは、「わたしたちに与えてくださったのと同じ賜物」という言葉だと思います。自分は清い、異邦人は清くない、そのように当時の人たちは考えていました。でも、ここで言う「わたしたちに与えてくださったのと同じ賜物」ということは、わたしたち自身が、神さまから愛され、赦されて生かされていることが示されています。

賜物、エフェソ2章8節には、「あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です」と書かれています。もとのギリシア語では贈り物という言葉です。ヨハネ3章16節、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。」この「与え」というのは、今日の個所の賜物の動詞形です。

キリスト・イエスをとおして与えられた神の恵み、それは一部の限られた人たちにだけ与えられるものではありません。それはすべての人に与えられるものだと、今日の物語はわたしたちに教えてくれています。そしてこの信仰に生かされるわたしたちは、垣根のない教会形成をしていきます。

修道院などはともかく、教会が大きな塀に囲まれているというようなことは考えられません。仮に塀に囲まれているような教会があるとすれば、それは他者が入ることを拒み、また自ら狭いところにこもって閉鎖的そのものの集団となることでしょう。ニコライ教会のOffen f?r Alleは、当初ひとつの教会の宣教の姿勢にすぎませんでした。しかしそこに集まる人たちの祈りは、ついに東西の壁を打ち破ったのでした。

使徒言行録は今日の話のすぐあとに、アンティオキアの教会についてのべています。アンティオキアはシリアの北方です。ここでイエスを信じる人たちの群れがキリスト者と呼ばれるようになったと、11章26節にあります。キリストの福音の賜物が、地域や民族を超えて開かれていったのでした。  
  
   (2015年6月28日説教)