番町教会説教通信(全文)
2015年6拝説教 「喜びにあふれて」      牧師 横野朝彦

使徒言行録8・26−40

人生は旅のようだと言います。またそれは巡礼の旅にもたとえられます。楽しく心地よい旅としたいものですが、それは時に苦しく、厳しいものとなることでしょう。特にその昔は、徒歩での旅ですから簡単ではありません。仮に馬車に乗っていたとしても、道が舗装されているわけではありませんから、乗っているだけで体の節々が痛くなりそうです。今日は、使徒言行録からひとりの旅人が登場する場面を読んでいただきました。この人はエルサレムに礼拝に行った帰りだということですから、巡礼者と言ってもよいかと思います。聖書箇所は、使徒言行録8章26−40節、説教題は「喜びにあふれて」としました。

ここに登場するのはエチオピア人の高官です。エルサレムに礼拝に行って、その帰る途中であったということですが、わたしが不思議に思うのは、なぜこの人はエルサレムまで礼拝に行ったのだろうということです。そもそも異国の人、明らかにユダヤ教徒ではなかったこの人が、なぜエルサレムに礼拝に行ったのか、いくぶん謎なところです。

エチオピア人の女王カンダケの高官とあります。まずこのエチオピアでありますが、現在のエチオピアよりももう少し北の方、北からエジプト、スーダン、エチオピアとありますが、聖書に出てくるエチオピアは現在のスーダンのあたりであったと考えられています。次に、カンダケというのは人の名前ではありません。ちょうどエジプトの王がファラオと呼ばれたのと同じように、エチオピアの女王をさす言葉です。そのため、女王の命令によって、なんらかの外交上の仕事を兼ねてやって来たのかもしれません。またそういうことでなくても、ユダヤの民は、離散の民となって世界各地に住み、エチオピアにもユダヤ教の会堂がありましたから、聖書の教えに出あう機会はあったと思われます。そのとき、なんらかの聖書の言葉が彼の心にふれたことは十分に考えられるところです。

それとともに、この物語を考えるうえでひとつ重要なことは、この人が宦官であったということです。宦官という存在をどのように理解すればよいかよくわからない面がありますけれど、王の宮殿、特に后などが住む後宮に仕えるために、性を奪われた人たちであり、古代のヨーロッパや中国には随分たくさんいたということです。この人たちが、政治権力を裏であやつり、国がおかしな方向に行ってしまったというような話を聞いたことがあります。

ここに登場する人は、女王の全財産を管理していたといいますから、女王の信頼が随分厚かったと思われます。でもどうでしょうか。それは絶対権力者としての女王と、去勢された者としての宦官という関係でありますから、正しい信頼関係とは言うことはできません。いうならば、人間性を失わせたうえで大事な仕事をまかせられているというふうに言えるのではないでしょうか。おそらくこの人のなかには、身体的にだけではなく、心理的にも随分複雑な面があったと推測されます。

あまり具体的に言うのもどうかと思うのですけれど、わたしはかつて、20年以上前、ある男性から、ご自身が若き日になさった体験を聞かされました。それは子を産むことのないように強制的に手術を受けたという話でした。断種手術といいます。種を絶つ手術です。そのかたはハンセン病の元患者さんでした。何かの話をしている途中、わたしに向かって、「どのように手術するかわかりますか」と質問をされました。わたしはその質問にびっくりしながら、「いや、わかりません」とだけ答えたと記憶しています。

それまでに何度もお会いをして、いろいろな話をしてきたのに、突然そのような話題になったので、わたしは正直なところ戸惑いのほうが大きかったと思います。そして後になって思ったことは、その質問の本当の意味は、「あなたにはわたしが体験してきたことがわかりますか、わたしの心の傷みがわかりますか」、そういう意味の質問ではなかっただろうか、あとになって、そう考えさせられたのでした。

社会的にはどれほど高い地位にいようとも、またそのような高さ低さは関係なくても、人は誰でも心になんらかの傷を持ち、またコンプレックスや、心の奥底の傷みを持っているものです。ましてやそれが社会的に作られたもの、宦官がそうであったように、社会的に人間性を奪われたものであったならば、それはどれほど大きな傷であることでしょうか。

エチオピアの宦官は、このような思いを持ちながらエルサレムにやって来たのだと思われます。エルサレムの神殿に行けば、心の安らぎが得られると思っていたのかも知れません。で、そこへやって来て、この人はどのように感じたことでしょうか。安らぎを得たでしょうか。残念ながら、エルサレムの神殿はこの人の心を癒すものとはならず、また安らぎでみちるものとはなりませんでした。なぜなら、そこには厳しい差別が待ち受けていたからです。

それはどのようなものだったでしょうか。旧約聖書申命記23章に、「すべて去勢した男子は主の会衆に加わってはならない」と書かれています。律法において、宦官は忌み嫌われていたのです。律法において体の欠陥は、神の前に出るにふさわしくないと考えられていました。そのため、宦官だけではなく、身体の不自由な人も、また重い皮膚病をはじめとして、心身に疾患のある人は、排除の対象となっていたのです。

そればかりではありません。神殿という建物自体が人と人とを分け隔てするものでした。エルサレム神殿の構造は、まず入ったところが異邦人の庭です。そこは誰でも入れます。でもそこから先は異邦人は入れないのです。そしてその内側に、女子の庭、男子の庭、祭司の庭などがあり、一番奥の至聖所には大祭司しか入れない、そういった構造になっていました。

使徒言行録3章に書かれている「美しい門」の前でおこった奇跡物語を思い起こしてほしいのですが、あの話で足の不自由な人はいつも神殿の門のそばで施しを乞うていました。たまたま門のそばにいたのではありません。そこから先に入ってはいけないことになっていたからです。この話の結びには、「神を賛美し、二人と一緒に境内に入っていった」と書かれています。それまで入ることができなかったことと対照的に描かれています。

主イエスが十字架に死なれたときに、神殿の垂れ幕が真っ二つに裂けたというのは、神殿の一番奥、至聖所にかけられていた幕です。したがって、これが裂けたということは、神殿のこのような人を隔てる何重もの構造が壊されたということでした。このように、キリストの福音はまさにエフェソの信徒への手紙が言っているように、「隔ての壁を取り壊す」ものでした。けれども、話をもとに戻し、エチオピアの宦官がエルサレムにやってきたとき、そして礼拝に参加しようとしたとき、この人は神殿のなかに入れてもらえる存在ではなかったのです。

宗教というシステムのなかで、人が排除されていく、そのようなことがあってはならないと思うのですけれど、しかし現実にはしばしばみられるところです。宦官は礼拝に来たものの癒されることなく、すでに帰り道でありました。もっとも、この人はエルサレムで聖書の巻物を買い求めたようです。印刷技術のない時代、聖書の巻物は希少な品物であり、だれもが持つものではありませんでしたが、何冊か入手することができたようです。

帰り道、途中馬車を止めて馬を休ませ、宦官は聖書の巻物を開いて読んでいきます。そこには、この人の心を打つ言葉、解放と慰めに満ちた言葉があったことでしょう。この人が読んでいたのは、イザヤ書でした。56章に書かれた次の言葉を読んで、この人は心を震わせたのではないでしょうか。56章3節以下、「主のもとに集って来た異邦人は言うな。主は御自分の民とわたしを区別される、と。宦官も、言うな。見よ、わたしは枯れ木にすぎない、と。なぜなら、主はこう言われる。宦官が、わたしの安息日を常に守り、わたしの望むことを選び、わたしの契約を固く守るなら、わたしは彼らのために、とこしえの名を与え、息子、娘を持つにまさる記念の名を、わたしの家、わたしの城壁に刻む。その名は、決して消し去られることはない。」

イザヤ書はこのように、宦官について、自分のことを枯れ木だなどと言ってはならない、思ってはならないと呼びかけ、あなたもわたしの民、神の民なのだと呼びかけを与えているのです。エチオピアの宦官はこの言葉を読んできっと心震わせたに違いありません。どうしてこのようなことが言えるのだろう、この書物が語っていることの真意というか、その根底にあるものはなんなのだろう、そのように思いながら、イザヤ書を繰り返し読んだのではないでしょうか。そしてこの人がいったいこれをなんなのだろうと、目を留め、心を留めた箇所がありました。それはイザヤ53章でした。使徒言行録8章32節以下でそのことがわかります。「彼が朗読していた聖書の個所はこれである。『彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している小羊のように、口を開かない。卑しめられて、その裁きも行われなかった。だれが、その子孫について語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ。』」

これはイザヤ書53章の苦難の僕の歌です。53章には、「彼が担ったのはわたしたちの病。彼が負ったのはわたしたちの痛み。彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」と、苦難の僕によって私たちが癒されたと記されている。宦官は、これはいったい誰のことなのだろう。私もこのかたによって癒していただけるのだろうかと、真剣に、我がこととして、聖書を読んでいたのです。

そしてちょうどそこに、フィリポが神さまから遣わされて宦官のところにやってきます。フィリポは、使徒言行録6章でステファノたちと一緒に執事に任命されたひとりで、キリスト教が異邦人の世界に伝わっていくにあたり、最初の大きな働きをした人です。8章4−5節にはこう書かれています。「さて、散って行った人々は、福音を告げ知らせながら巡り歩いた。フィリポはサマリアの町に下って、人々にキリストを宣べ伝えた。」ご承知のように、サマリアはユダヤと犬猿の関係でした。そこへ宣教に出かけたのです。

そして神さまはこのフィリポをエチオピアの宦官のもとに遣わされます。8章26節です。「さて、主の天使はフィリポに、『ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け』と言った。そこは寂しい道である。」

「そこは寂しい道である」と説明されていました。別の訳を見ると、「その道は人通りが少ない」となっていました。でも人通りが少ないから寂しい、それだけでしょうか。わたしはこの言葉を、この場所にいる宦官の心を表すものと思えてなりません。「そこは寂しい道である。」口語訳聖書では「このガザは、今は荒れはてている」となっています。文語訳聖書では「そこは荒野なり」と訳されています。寂しい道、荒れはてたところ、荒野、それはエチオピアの宦官の心を象徴してあまりある言葉です。

フィリポがそこへやってきたとき、宦官は聖書の言葉を声に出して朗読していました。それは先ほど言ったようにイザヤの言葉でした。フィリポは尋ねます。「読んでいることがお分かりになりますか。」宦官は答えます。「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう。」そこでフィリポは、聖書のこの箇所から説きおこして、イエスについての福音を告げ知らせたのでした。

「見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない」この人こそ、十字架への道を歩まれたイエスのことだと、そして「彼が担ったのはわたしたちの病。彼が負ったのはわたしたちの痛み。彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」と福音を伝えたのです。

宦官は、自分が背負っている重荷をイエスが担っておられること、自分が受けている傷をイエスも受けておられることを知ります。そしてこのかたこそわたしの主であると告白をするに至り、ちょうど水辺にやってきたので、宦官はフィリポから洗礼を受けたのでした。水辺にやってきたのもすべて、神さまの導きによったことは言うまでもありません。

以上ようにお話をしてきました。ここでひとつ考えたいことは、宗教や信仰というものの果たす役割というか、あるいはわたしたちにとってそれがどのような位置にあるのかということです。宗教教団としてのユダヤ教は、律法と神殿を重んじました。その熱心さ、真面目さはわたしたちも学び倣うべきところがあります。けれども、その熱心さは、時に人を隔てるものとなりました。申命記に書かれている、体の不自由な人への排除の言葉、去勢されたものは主の会衆に加わってはならないといったこと、また神殿が何重もの隔ての壁があったことなどがあげられます。それらはもともと、主の前に出るときの姿勢を教えるものであったはずが、反対に人を排除する論理に変わってしまったのだと思われます。

しかし、そのようなあり方に対し、預言者たちは否を言いました。罪を犯したときにはささげものをして赦してもらいなさいと教えられていたことについて、ある人々は、ささげものさえすれば赦されるのだと、倒錯した考えに陥りました。それに対し預言者は、大切なのは悔い改めであってささげものではない、と言いました。きわめて当たり前のことのようでありながら、このように言われるのは、倒錯した考えがいかに当時蔓延していたかのあかしです。

体の不自由な人、体の一部に欠けがある人への排除の言葉についても、イザヤ書56章にあったように、この人もわたしの民、神の民なのだと主は言われるのです。そしてこのような預言者の思想は、まさにイエスにおいて成就されたとするのが、キリストの福音にほかなりません。

わたしたち教会は、このようなキリストの福音をしっかりと生きているでしょうか。いや、むしろ隔ての壁を新しく作り出してはいないでしょうか。先日、とても悲しく思う記事を読みました。名前を出すのは控えますが、福音派と呼ばれる教会のある有名な牧師が、LGBTについて、それは神の前に罪であると説教をしているものでした。そのかたは聖書のあちらこちらの言葉を引きながら、LGBTから逃れようとしないこと自体が罪だと述べていました。残念ながら、このような考え方は、キリスト教会のなかで必ずしも少数ではありません。

律法からの自由を述べ、キリストの愛を知りながら、いまだに律法に縛られ、また社会の通念にしばられています。そして考えてみれば、わたしたちも似たようなことを考え、似たようなしかたで、人を隔ててしまっているかもしれない。決して他山の石とするのではなく、自らの問題として考えていかなければならないと思わされます。

さて、エチオピアの宦官はフィリポから主イエスの福音を聞きました。「多くの痛みを負い、病を知っている」このかたが受けた傷によって、わたしたちは癒されたのだと、そして隔ての壁は取り除かれたのだとの福音を知ります。そしてフィリポから洗礼を受けました。人生は旅のようなもの、人生は巡礼のようなもの、このあとも宦官は旅を続けます。けれども、その足取りはこれまでと同じではありませんでした。

フィリポが遣わされた場所は、「そこは荒野である」と言われるような、まさに寂しい道でありました。言いましたように、この場所についての描写は、宦官の心を言い表したものと思われます。けれども宦官はここでキリストの福音と出会いました。さらに言えば、キリストと出会いました。そして宦官は旅を続けます。8章39節によれば、この人は「喜びにあふれて旅を続け」ました。

 (2015年6月21日 礼拝説教)