番町教会説教通信(全文)
2015年1月拝説教 「光のほうへ」      牧師 横野朝彦

ルカ2・22―32

本日お読みいただいた聖書の個所は、生まれた幼子イエスがおそらく生まれて40日目でしょうか、両親に連れられて神殿に行ったこと、そこでシメオンが幼子イエスと出会ったこと、シメオンが神さまを讃える歌、シメオンの賛歌と呼ばれる歌を歌ったことが記されています。ルカ2章22―38節、説教題を「光のほうへ」とつけました。

この個所は、教会の暦からすればクリスマスの次の週、すなわち12月最後の日曜日に読まれることが多く、わたしもこれまでそのようにして何度か取り上げてきました。今回は、クリスマス礼拝でルカ2章1節から21節までを読み、1月1日の新年礼拝で22節を読みましたので、その続きとして22節以下を取り上げさせていただきました。そしてこの個所を何度か読み返しながら考えさせられたことは、シメオンの賛歌がキリスト教の礼拝において、礼拝の終わりの派遣の言葉として理解されてきたこと、そしてまたシメオンがこの歌のなかで、「異邦人を照らす啓示の光」と歌っていることから、想いを膨らませて、「光のほうへ」と題をつけたのです。

シメオンは、わたしたちキリスト者のありようを示す一人の、信仰の先達であると言うことができます。それはまことの光を待ち望み、光に照らされ、そして光のほうへと歩みを進める者にほかなりません。

光のほうへ、この言葉が心に浮かんだときに、もうひとつ思ったことは、童謡詩人であった金子みすゞさんの有名な詩、「明るいほうへ」です。

明るい方へ 明るい方へ。一つの葉でも 日の洩るとこへ。やぶかげの草は。

明るい方へ 明るい方へ。はねはこげよと 灯のあるとこへ。夜とぶ虫は。

明るい方へ 明るい方へ。一分(いちぶ)もひろく 日のさすとこへ。都会に住む子らは。

この詩にはみすゞさんの篤い祈りが込められていると思えます。

日の洩るとこへと、薮陰の草が葉を伸ばそうとする。灯のあるところへと、夜飛ぶ虫はやってくる。薮陰の草も、夜飛ぶ虫も、共にそれこそ陰があるというか、日が当たらないというか、この世的には目だたず、マイナスにさえ見える存在です。時には邪魔者扱いをされる存在です。そのような彼らが光を求めている。明るい方へ、明るい方へ行きたいと望んでいる。

金子みすゞさんの生涯もまたこのようであったと思います。童謡詩人として、今では誰一人知らない人はいないほどの存在であるとしても、彼女の人生はまさに陰がつきまとうものでありました。わずか26歳で亡くなった彼女の遺書は公開されていませんが、そこには「私の人生はこれまで人の言いなりの人生でした」と書かれていたとのことです。

薮陰の草、夜飛ぶ虫、そして彼女はそこに「都会に住む子ら」はと歌いました。都会は光が溢れているようでありながら、実はその光がまことの光ではないことを彼女は見抜いていたということです。ここにいるわたしたちも、都会の子らです。子らとは言えないとしても、都会というのは陰多いところです。そこでわたしたちは、一分でも広く、僅かでも広く日のさすところで生きていきたいものだと思わされます。

あるとき、十数人の集まりだったと思いますが、最初に、それぞれ自分のことを語ってもらう時間を持ちました。そのために20枚くらいの絵や写真を用意しまして、自分が気に入った絵や写真、何か気になった絵や写真、何か感じることのあった絵や写真など、一枚を選んでもらい、それを選んだ理由を述べることによって、互いの自己紹介としました。

そのとき、何人だったでしょうか、複数のかたが同じ写真を選ばれました。それは、真っ暗なトンネルの写真で、遠くのほうに僅かな一点、出口の光が見えているという写真でした。この写真を選んだ人はもちろん、ほかの写真を選んだ人も、トンネルのなかにいる自分、光の射す出口を求めている自分ということに共感を覚えた人が多くおられたことを覚えています。

クリスマスイブにおこなう賛美礼拝は、いつもイザヤ書9章や60章を礼拝初めの招詞としています。「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。」「起きよ、光を放て、あなたを照らす光は昇り、主の栄光はあなたの上に輝く。見よ、闇は地を覆い 暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で 主の栄光があなたの上に現れる。」

そして、この招詞に対する答のようにして、ヨハネによる福音書1章の言葉、「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」 さらに、「まことの光があって世に来た」という言葉がわたしたちに告げられています。あるいは主イエスご自身が、「あなたがたは世の光である」と言ってくださったことも、わたしたちに与えられた福音だと思います。

マタイによる福音書では東の国の学者たちが輝く星を見つけて旅に出かけた話や、ルカによる福音書では、マリアに対する受胎告知や、羊飼いへの知らせなど、誕生物語を描きました。福音書によって、主イエス誕生の記事の描き方は異なりますが、主イエスがわたしたちに光を与えるかただという点において、共通したメッセージがあります。

光は暗きに住むわたしたちを照らします。わたしたちの行く手を照らし導きます。また光はこの世の悪しきことを明るみに出します。そして主イエスは、わたしたちの間に、まことの光として輝き、わたしたちの間のある暗闇を取り除き、わたしたちが光のなかを歩むように、わたしたちを照らし、わたしたちを光の子としてくださいます。このように、主イエスとの出会いは、まことの光との出会いでした。

シメオンは幼子イエスが神殿に連れられてきたとき、ちょうど居合わせた人でした。彼は「正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み」と、その人柄が25節に紹介されています。彼はまことの光を待ち望む人でした。それ以上に、この人がどのような人であったのかは、何もわかりません。年齢もわかりませんが、26節で、「主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた」と書かれていること、29節にあるように彼が、「この僕を安らかに去らせてくださいます」と言っていることから、かなりな年齢であると推測されます。またすぐあとの36節以下に出てくるアンナという女性が84歳であったことともつなげて、シメオンが高齢であったことが想像されます。

シメオンはヘブライ語です。この名前をギリシア語であらわすとシモンとなります。ですからシモン・ペトロと同じ名前となります。そしてシメオンという名前は元来、「聞く」とか「聞き入れる」という意味がありました。さらに、「よく知られている」、「名望がある」といった意味もあるそうです。

話をいったん置いて、余談のような話となりますが、昨年のNHKの大河ドラマの主人公、「黒田官兵衛」について少し話をします。わたしはこのドラマには興味をいだきながらも見なかったのですが、知人に教えられて途中一度だけ録画をして見た場面があります。それは、黒田官兵衛が洗礼を受ける場面でした。平たい杯を用いて水を注ぎかける場面がとても印象に残りました。そして彼の洗礼名はシメオンでした。調べると、シメオン・ジョスイという洗礼名であったと書かれているものもありました。

シメオンは、すなわち今日読んでいただいた聖書の個所に登場する人物です。神殿において幼子イエスと出会いました。そしてジョスイは、モーセの後継者であるヨシュアから来ています。1日の礼拝で「イエスと名付けられた」という題で話しまして、そのときに言ったことでありますが、イエスというのは、ヘブライ語ヨシュアのギリシア語読みです。「ヤハウェは救い」、神は救いであるという意味を持っています。

黒田官兵衛が洗礼を受けたのは38歳のときです。それからほぼ10年後、官兵衛は秀吉の怒りを受けて切腹を命じられます。そのときにその当時の武士の慣わしだったのでしょうか、剃髪をし、出家して切腹のときを待ちます。そのときにつけた出家後の名前が漢字で水の如しと書いて、如水です。出家という形を取っていながら、洗礼名をそのまま漢字で用いています。このあたり、黒田官兵衛の抵抗というか、出家という形を取りながら、本心は別のところにあったと、このときのことを書いた解説に書かれていました。そして幸い、このときの秀吉の命令は撤回され、命を長らえたのでした。

それにしても黒田官兵衛はなぜシメオンという洗礼名を選んだのでしょうか。あるいは自分で選んだのではなく、洗礼を授けた宣教師が与えた名前であったのかも知れません。2章30節でシメオンが、「わたしはこの目で救いを見た」と言ったように、神の救いを見たものということで、これを洗礼名にしたのかもしれません。

話を戻します。シメオンは幼子イエスと出会います。シメオンは神さまから救い主を見ることを約束として与えられていたといいます。彼はこの約束のなか、年を重ね、おそらく老齢に達するこの日まで、来る日も来る日も、神殿に詣でては救い主の出現を待ち望んでいたのだと思われます。そして遂に救い主にまみえる日が来たのです。

神殿には幼子の誕生を感謝して幼子をささげる人たち、つまり犠牲の羊や鳩をささげる人たちが毎日のように、いや毎日何組もの家族が来ていたことでしょう。そのなかでどうしてヨセフとマリア、そしてその腕に抱かれた幼子イエスが救い主であるとわかったのか。福音書はそれを「霊に導かれて」と記しています。シメオンが救い主を見分けることができたのも、まさに神さまの霊による働きだと。それがどのようなことかを説明することはできません。

ただ大事なことは、シメオンがその約束を信じて、救い主を心から待ち望む人であったということです。彼はすぐに幼子イエスを腕に抱き、神さまをたたえました。そして言ったのが、「シメオンの賛歌」と呼ばれるものです。

「主よ、今こそあなたは、お言葉どおりこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです。これは万民のために整えてくださった救いで、異邦人を照らす啓示の光、あなたの民イスラエルの誉れです。」

この「シメオンの賛歌」は、学問的な研究によれば、ナジル人の誓願と呼ばれるもの、特別の誓願をたてて主に献身するときのことが民数記6章にでてきますけれど、その誓願に対する祝福の言葉、「主があなたを祝福し、あなたを守られるように。主が御顔を向けてあなたを照らし、あなたに恵みを与えられるように。主が御顔をあなたに向けて、あなたに平安を賜るように」、これを土台にしていると考えられています。

そしてさらにそこへイザヤ書の預言の言葉、42章の「主であるわたしは、恵みをもってあなたを呼び、あなたの手を取った。民の契約、諸国の光として、あなたを形づくり、あなたを立てた。」49章、「わたしはあなたを国々の光とし、わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。」さらに52章、「地の果てまで、すべての人が、わたしたちの神の救いを仰ぐ。」これらの言葉とその思想が、「シメオンの賛歌」の背景にあるとされています。

このシメオンの賛歌が大きな意味を持つことのひとつは、ここで歌われている救い、そしてまことの光なるものが、選ばれた民とされていた人たちに対してだけではなく、異邦人にまで及んでいることです。しかもそのことが、旧約聖書にその根拠を見出すことができると、読みとることができます。

まことの光、それはこれまで神を知らなかった人たちをも照らす、啓示の光であること、万民のために備えられ、整えられていた救いであることが歌われています。啓示の光という表現は、ちょっと馴染みがないものですが、啓示とは人間には知ることのできないことがらを、神さまが明らかにされるという意味の言葉です。人の思いを超えて神さまがくださるまことの光です。

ヨセフとマリアはシメオンの言葉に驚いたことでしょう。シメオンはさらに言います。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」

この言葉は、ヨセフとマリアを更に驚かせたに違いありません。マリアは受胎告知のときに天使の言葉に戸惑い、また羊飼いがお祝いにかけつけたときも、これはいったいどういうことかと思いめぐらしていたと福音書に記されていますが、今日の箇所でも彼女の戸惑いは大きかったことでしょう。それは救い主の母として、一生抱き続けた戸惑いであったと思われます。

「この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。」ここでシメオンが言っているのは、幼子イエスがこれから受ける定め、すなわち、キリストの受難についての予告です。つまりここでは、十字架の死に至る、主がこれから歩まれる歩み、他者のため己を与えつくす愛にこそ救いがあるということをシメオンは告げたのでした。

35節で「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」と言われていることは、これからヨセフとマリアが負うべき重荷を言っているのでしょうか。あるいはキリストに従うものが負うべき重荷を言っているのでしょうか。

今日の個所は、けっして易しいところではなく、むしろ難しく感じる面があります。しかしよく読むならば、シメオンがまことの光であるイエスの生涯を予告し、この福音書全体の予告編のようになっていることに気づかされます。

シメオンはまことの光を待ち望む人でした。この時代、ローマの圧政下にあって、それはまさに闇が地を覆い、暗黒が国々を包んでいる時代でした。そしてそのなかで、人一倍闇のなかにいることを敏感に感じとり、光を待ち望んでいる人であったと思えます。

しかし彼はまた知っていました。それは、イザヤ60章に言われているように、「見よ、闇は地を覆い 暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で 主の栄光があなたの上に現れる。」しかも、この光が自分たちだけではなく、地の果てまで照らすことをシメオンは歌いました。

そして今や自分は安らかに去ることが出来るとも歌いました。シメオンが言ったことは、直接的にはこの世を去るということです。でも、古来この歌は、礼拝終わりの派遣の言葉として親しまれてきました。ミサ曲のなかに、「ヌンク・ディミティス」という楽章があります。「ヌンク・ディミティス」とは、ラテン語で、「今、あなたは去らせてくださいます」という意味です。ミサの終わりの派遣のところで歌われるのです。それは、まことの光に照らされた者が、その場所に留まるのではなく、そこから新しい歩みを始めて行くのだという信仰理解がそこにあります。

まことの光を受けた者が、そこに留まり続けるのではなく、わたしたちの日々の生活の持ち場で、一人ひとりが光の子として、世の光として、それぞれに信仰の生活をしていくこと、つまり、神を愛し、隣人を愛し、神に仕え、隣人に仕えていくこと、仕えられる者としてではなく、仕えるものとして生きていくこと、日々自分の十字架を負って主に従っていくことです。

明るい方へ 明るい方へ。一つの葉でも 日の洩るとこへ。明るい方へ 明るい方へ。はねはこげよと 灯のあるとこへ。明るい方へ 明るい方へ。一分もひろく 日のさすとこへ。まことの光を求め、まことの光を受け、そこから遣わされて、光の子と、世の光としていただきたいと祈り願います。

(2015年 1月 4 日 礼拝説教)