番町教会説教通信(全文)
2001年12月 「救い主がお生まれになった」      牧師 横野朝彦

マタイ2・1―15

 YMCA、キリスト教青年会やYWCA、キリスト教女子青年会のマークをご存じだと思います。逆三角形の太い線があり、その中央にYMCA、あるいはYWCAと書かれています。マークのそれぞれの辺は、霊、精神、肉体の3つを意味しています。YWでは霊、知、体と呼んでいるようです。人間には肉体と精神とこの二つがあるだけではなく、霊というものが不可欠であると、このマークは教えてくれています。人を本当に生かすための三位一体とでも言うべきものです。でも、日本の社会では、霊というと、なんとなく超自然現象に結びつけるなど、あまりまともに考えられてこなかったのではないでしょうか。

最近私は、健康ということの定義について面白いことを知りました。それは角川書店から出ている「森の旅人」という本の後書きに書かれていたことです。WHO、世界保健機構は、健康についてこれまで次のように定義してきたそうです。「健康とは身体的、心理的、社会的に完全に安寧な状態をいい、たんに病気や障害のないことを意味するものではない。」ここで言われていることは良くわかることです。ところが最近、この定義を変更するように提案がされているというのです。新しい定義は、「健康とは、身体的、心理的、社会的、霊的に完全に安寧な」と、霊的という言葉が付け加えられているのです。それは推測するに、体、心、社会をいくらよくしていっても、どうしても行き詰まるということが体験されてきたからではないでしょうか。発展した社会で、貧しさや不衛生による病気は少なくなったとしても、それで人間が本当に健康的に生きているとは言えない、そういった体験のなかで、健康の中に霊的なものが不可欠であると気づいていったのだと思います。今の社会はストレスが強く、霊的なものが求められ、ゴスペルがはやったり、癒し系と呼ばれるものに注目が集まっています。でも、霊的なものを、たんに付け足しとか、補うものとしてではなく、私たちに本当に必要なものとして受け止めていかなければならないと思います。

私たち日本の社会は、大きいことはいいことだと、次々と巨大なものを作り、また消費が盛んになることが文化的であるかのように振る舞い、バブル景気を作り出してきました。でも今、大手の企業でもいつどうなるか分からないという状態に置かれています。自然は破壊され、温暖化による自然の変化は、遠からず私たちの生命をも脅かすことになるに違いありません。また人々の多くは上昇志向を持ち、上へ上へとあがろうとしました。けれどもそういった日本の社会全体が、今行き詰まっています。価値観や社会の仕組みが大きく変わろうとしていますが、それをどのように変えればよいのか、だれにも分からないまま不安におののいているように見えます。それらはみな、目に見える豊かさを求めてきたことによる誤りなのかも知れません。

聖書には、この世のものは朽ち果てることが教えられています。そしてパウロは、「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです」と述べています。にもかかわらず、私たちは過ぎ去るべきもの、朽ち果てるべきものを目標としてきたのではないでしょうか。

人生は旅のようなものだと言われます。人生の旅を私たちはどのように歩んでいるでしょうか。有名な観光地やテーマパークを巡るような旅をしてはいないでしょうか。それこそバブル崩壊後あちこちのテーマパークが閉園になったり、大きなリゾートホテルが倒産をしたりしています。まさに私たちは、過ぎ去るべきもの、朽ち果てるべきものに向かって旅をしてきたということではないでしょうか。

先週、番町教会の会員である渡瀬良さんが天に召されました。渡瀬さんの趣味が旅行であったとお聞きしたこともあって、私は葬儀の式辞のなかで、人生の旅ということを申し上げました。式辞の内容としては、人生の旅は労苦多いけれども、まことの同伴者である主イエス・キリストがおられる。そして神様は時至って、神様のみもとへ召してくださるということを申し上げました。聖書を読むと、アブラハムは行く先も知らないままに旅立ちました。何よりも主イエス・キリストご自身が、杖のほかは何も持たずに旅をするということを教えておられます。聖書の登場人物はしばしば旅をしています。でもその旅が順調に行くということはむしろ珍しいのではないかと思われるほどです。

古代イスラエルの民は、エジプトを脱出し、荒れ野を40年間も旅をしました。エジプトからパレスチナまで40年もかかるはずがないのです。にもかかわらずそれだけかかったのは、途中で食べ物がなくなったり、飲み水がなくなったり、ある者はエジプトに帰ろうと言い出したり、また行く先にいる部族が強いと聞いて怖気づいたり、そればかりか、金の子牛を作って、これが私たちをエジプトから導き出した神だと言って拝んでみたり、ともかく、旅というよりは、間違いばかり犯して同じ場所を彷徨っていたというのが現実であったようです。そして荒れ野を40年彷徨い、ヨルダン川の東側に到達し、ネボ山という山の上から約束の地をながめ、約束の地に入るのを目前にながら、指導者であるモーセはその生涯を終えます。せっかくあれだけの苦労をしたのだから、約束の地に入れてあげたいというのが、人情というものでしょうが、彼は目的地を前にして倒れたのです。

パウロも、3回に渡る伝道旅行をおこないました。現在のスペインのあたりまで旅をする計画をたてていましたが、ローマで捕えられ、そこで死んでいきました。聖書は、私たち人間が人生の旅をさまよい、その苦労にもかかわらず行き着くことができずと、まさに不条理を隠そうとはしません。そして悲しみや苦しみをあますところなく描いています。

人生の旅はまた、間違い多い旅でもあります。イザヤ書53章に、「わたしたちは羊の群れ、道を誤り、それぞれの方角に向かって行った」と書かれていますように、道を誤り、違った方向にむかってしまうことさえあります。

このようなことを申し上げたのは、東の国から来た博士たちの旅も、行く先を間違っていたからです。彼らは東の国で星を見ます。そしてこれこそ偉大なかたがお生まれになったしるしであると、すぐさま旅に出たのです。しかしそこから後が間違っています。彼らは主イエスがお生まれになったベツレヘムではなく、ユダヤの都エルサレムに一路向かったからです。エルサレムは、大きな都でした。神殿には美しい装飾が施され、また高い塔や、巨大な城壁がありました。そして何よりもユダヤ教の大きな神殿がありました。そこでは犠牲の動物がささげられ、たくさんの巡礼が訪れていました。さらにサンヘドリンと呼ばれる議会があり、ユダヤの王ヘロデがそこに住み、君臨をしていました。博士たちが一路エルサレムに向かったのは、このような宗教と政治の中心地に向かったということです。偉大なかたがお生まれになったのだから、きっとそれはユダヤの新しい王様に違いない、それは王様の宮殿に生まれたに違いない、博士たちはそのように思ったのです。

この間違いは、私たちが犯すさまざまな間違いをよく象徴している出来事だと私には思えます。私が今日最初に人生の旅ということを申し上げ、過ぎ去るべきもの、朽ち果てるべきものを目標としてきたのではないかと申し上げたのは、実は博士たちの旅の方向が間違っていたということから話を広げたのです。話が大きく飛躍して聞こえるかも知れませんが、でも、博士たちのした間違いは、私たちがしばしば犯す過ちだと思います。それは私たちの人生の旅の行く先が間違っていたということであり、朽ちることのない永遠を求めるのではなく、朽ちるものを求めてしまったということです。華やかなものを求め、立派なものを求め、しかしそれが本当に人間を生かすものであるかというと、実はそうではないのではない。博士たちの間違いは、そのような私たちの生き方の間違いを象徴するもののように思えます。

さて、博士たちの旅について、丁寧にみていきたいと思います。彼らは占星術の学者たちであったということです。彼らは星を見て、これは偉大なかたがお生まれになる印だと、すぐさま旅立ったのでした。クリスマスカードや、クリスマスを描いた絵画のなかに、らくだに乗って旅をする博士たちの姿が描かれています。またらくだの側に立って、手をかざすようにして星を見ている絵などもあります。昔、「月の砂漠をはるばると」という歌がありました。子どものころの私は、あの歌で歌われているようなイメージを3人の博士たちの旅する姿に当てはめて理解していたように思います。実際には、あの歌は砂漠の旅などまったく知らないまま、空想で作られたそうですが、博士たちの旅は、あの歌のようでも、絵画のようでもなく、実際には大変過酷な旅であったと思われます。

彼らが東の国から来たというとき、いったいどこの国から来たのかは、いろいろ伝説があります。3人の博士たちは3つの大陸をそれぞれ代表する人たちであったという言い伝えもあります。実際のところわかりません。ただパレスチナの地方から東と言えば、当時のペルシャ地方からであろうとまず思われます。直線距離で1000キロから1500キロくらいでしょうか。でもおそらく交通のルートとしてはユーフラテス川に沿って一度北上し、それから南下するという方法を取ったと思われますから、おそらく片道2000キロ近い旅ではなかったかと想像します。そして、ろばやらくだに荷物を載せ、人は歩くというのが一般的な旅の方法でした。なお、当時の社会では馬は通常戦争のための動物でした。ですから、パレスチナに馬はあまりいなかったのです。主イエスは馬小屋に生まれたと言われていますが、実際には家畜小屋であったようです。

いずれにせよ、大変な旅をして彼らは東の国からエルサレムにやって来たのです。旅を楽しむというよりは、難行苦行の連続であったと思われます。そして旅の辛さを和らげ、また励ましたのは、ただ、救い主にお会いしたいという気持ちでした。

でも、申しましたように肝心の行く先が間違っていてはなんにもなりません。彼らが王の宮殿に到着し、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか」と質問をしたとき、それこそ宮殿中に大変な波紋を呼び起こします。ヘロデは大王と呼ばれるほどの権力者でした。実際にはローマの支配下にあったのですが、ローマの傀儡として権力を欲しいままにしていたのです。ヘロデについて調べると、その血縁関係の乱脈ぶりに系図を簡単に書くことができません。本来まっすぐ枝わかれしていくはずの家系の線が、入り乱れて、重なり、一人が何本もの線を持ち、複雑そのものです。しかも彼は自分の王の位を守るために、ハスモン家と呼ばれる王家の流れに属する人たちを次々と殺害していくのです。そんなヘロデにとって、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか」という質問は、それこそあってはならない質問、許すことのできない質問でした。3節で、「ヘロデ王は不安を抱いた」と書かれているのはそのような意味です。ヘロデは自分の王の位を奪うものが現れたと思ったのです。

それと共に注目したいのは3節後半です。そこには、「エルサレムの人々も皆、同様であった」と書かれていることです。エルサレムの人たちは、王の圧制のもとにあったはずです。しかし彼らはそのような圧政下で自分たちの権益を守る生き方を身に付け、それなりに繁栄を謳歌していたのかも知れません。たとえそれが偽りの安定であったとしても、今の安定を覆したくなかった、そのためにエルサレムの人々も不安を覚えたのでした。

ヘロデ王は、博士たちの質問に不安を覚え、祭司長たちや律法学者たちを呼び集め、このことについて意見を求めます。もし博士たちの言うことが本当だとすれば、生まれた子を殺してしまおうと考えたからです。王の質問に律法学者たちは答えます。それは救い主がベツレヘムの地でお生まれになるという、旧約聖書の預言の言葉でした。「ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの指導者たちの中で決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである。」これは旧約聖書ミカ書5章1節に記されている預言です。ベツレヘムはその当時名前も忘れられていたと思えるほどの、小さな村でした。人々から捨てられたような村、そこに救い主がお生まれになると、聖書の預言によって明らかになったのです。ヘロデ王はそのことを博士たちに伝え、私も拝みたいから、見つかったら知らせてくれと言います。本当は幼子を殺してしまおうと考えて、このように言ったのでした。

博士たちは、救い主がベツレヘムに生まれると聞き、改めて旅を開始します。そしてエルサレムからベツレヘムへの旅の途中、彼らは再び星を見たのでした。9節に書かれているように、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まったのです。なお9節前半で「王の言うことを聞いて」とありますが、実際には王の命令により律法学者たちが調べた聖書の言葉でした。ここで大事なことは、彼らがベツレヘムに向かったその根拠は、なによりも聖書の預言、聖書の御言葉にあったということです。彼らの旅は、終始星が導いてくれたと、私たちは思いがちですが、実際はそうではなく、彼らが旅に出発すると同時に星は姿を消しています。そして聖書の言葉に従ってベツレヘムに向かったとき、星は再び現れたのです。

星が再び現れたとき、彼らはそれを見て喜びにあふれます。そして彼らは幼子イエスと出会い、礼拝をささげ、贈り物をささげたのでした。それは彼らの全人生にとって最大のとき、彼らの生き方そのものを新しくする出来事でした。なお、教会の暦によると、彼らが幼子イエスに拝したのは1月6日ということになっています。この日を顕現日と呼び、救いが異邦人にもたらされた日として覚えられ、記念されています。なお日本の国ではクリスマス・イヴが終わるとクリスマスが終わったように思われ、商店街の飾りも取り去られますが、教会暦としては1月6日までの日々をクリスマスと呼ぶのです。

さて、ヘロデ王は、博士たちに対して、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれと言っていましたが、博士たちはもはやヘロデ王に会うこともなく、もちろん知らせることもなく、別の道を通って帰っていきます。ここで彼らの人生の旅は大きく方向を変えたのです。これまでは都に象徴される繁栄や力を目指していたものが、今や新しい道を歩き始めたのです。これまでは、朽ち果てるもの、過ぎ去るものを求めて旅をしていたのに、今や永遠に朽ちることのないものを求めて人生の旅を再び始めた。そのように言うことができると思います。ヘブライ人への手紙10章に、イエス・キリストは「新しい生きた道をわたしたちのために開いてくださったのです」と書かれています。使徒言行録2章には、「あなたは、命に至る道をわたしに示し、御前にいるわたしを喜びで満たしてくださる」と書かれています。東の国からきた彼らは、このような新しい道、命に至る道を歩み始めたのです。

人生の旅は、悲しみや苦しみの多いものです。荒れ野を40年間も彷徨うこともあるでしょう。食べ物がなくなったり、飲み水がなくなったり、目的地にたどり着けなかったり、困難は数え切れません。そもそも、道を誤ることがあります。素晴らしいものを求めて旅をしているつもりが、実はそれが滅びに至る道であるというのが、私たちの社会がこれまで体験してきたところです。体の健康を求めて、運動をしたり、補助栄養食品というものを買い求める人もいます。それはそれで結構なことです。でも、体を強くし、知識も蓄え、しかし霊的なものをどこかに置き忘れての旅であってはなりません。聖書はそのような私たちに、旅の方向を変えることを勧めてくれています。この世の常識に従って歩むのではなく、聖書の御言葉に従って歩むことを勧めています。そして私たちが旅の途中で、イエス・キリストと出会うという喜びを与えてくれています。それまでは滅びるものに向かっていた旅が、方向を変えていただき、新しい道、命に至る道に向かって歩き始めるのです。しかも、その道は孤独ではありません。マタイによる福音書1章23節に書かれていたように、イエス・キリストは、インマヌエル、神は我々と共におられるという方だからです。人生のまことの同伴者を得て、新しい道を歩き始める。これこそ救い主が私たちのためにお生まれになったことの喜びです。

                       (2001年12月23日 礼拝説教)