番町教会説教通信(全文)
2009年7 「力は弱さの中で」           牧師 横野朝彦

第二コリント12・7b−10

教団出版局から出ている「こころの友」の6月号の1面に、神田英輔さんが紹介されています。日本国際飢餓対策機構の総主事を長く務めておられましたが、定年退職後、「特命大使」として働きを続けておられます。「こころの友」の記事はお読みになったかたも多いと思いますが、簡単にご紹介します。神田さんがエチオピアの村アメヤに食料援助のために訪れたのは1985年のことでした。そのとき大旱魃で村には食料が全く無く、人々は死を待つだけでした。しかし、食料援助によって生き延びることができたのです。1990年に神田さんが再び訪問したとき、村長さんが「あなたたちが来てくれなかったら、村は全滅だった」と、ぼろぼろ涙を流しながら、感謝されたのでした。

このようなことを聞くと、まさに美談というか、良い話だと思います。キリスト教は、貧しい人に手を差し伸べるとか、飢えた人に食べ物を届けるといった働きを、多くしてきました。マタイ25章で、主イエスは言われました。飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませることは、すなわちわたしに、主イエスご自身にしたことであると。またマタイ10章でも、「この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」と言っておられます。この場の報いとは、むしろご褒美ということです。わたしたちの教会が山岳民族の子どもたちに奨学金を送り、勉強する機会を持ってほしいと願っておこなっていることも、このような主イエスの教えに従ってのことです。

このような働きを大切にして、これからも続けていきたいと思います。でも、そのような援助、持っている者が持っていない者を助けるというだけならば、何かが違うような気がします。わたしがタイの山のなかに行っていつも思うことがあります。それは、彼らの生活は確かに貧しく、文明という点では遅れている。食べるのに精一杯で、教育費まで余裕がない。だから教育を受ける機会を作ることは大事です。でも、可哀想だから何かをしてあげるというのとはちょっと違います。

ここで仮に、たくさんのお金や物をあげて、彼らが物質的に豊かな生活が出来るようになったとして、それで良かったとは言えません。わたしたちの国は一時期経済大国であることを誇りにしていました。確かに経済的に豊かでした。しかし、それとともに、人を思いやる心や優しさや愛する心を失ってしまったように思えます。わたしたちが奨学金を送っている子どもたちには、今よりも経済的に恵まれた生活をしてほしいと願います。でも、それによって、わたしたちが辿ってきた道、すなわち心を滅ぼす道を繰り返してほしくありません。その意味で、お金をあげてそれでよしとするのはなく、わたしたち自身の生き方を省みることでもなければならないと思います。

宗教のなかには、家内安全、商売繁盛をご利益としているものがあります。日本の伝統的な宗教理解と言うことができます。でも本当にそれが宗教の目的なのでしょうか。確かに家内安全は望ましいことです。そのようにありたいと願います。商売繁盛も結構なことです。でも、商売が繁盛し、お金が儲かったら恵まれたというだけでは、なんだか少し違います。

ちょっと余談というか、余計なおしゃべりになりますが、ある宗教、最近生まれた宗教団体が、政党を作って都議選に大量の立候補をしています。総選挙にもたくさん立候補するようです。いったいどんなことを主張しているのかと思えば、政党の公約として、日経平均を2万円にしますと書かれていて、あまりに即物的なのであきれてしまいました。人間の幸福がそういうものならば、あのバブル期こそ幸福の絶頂ということでしょうか。また、北朝鮮がミサイルを発射するような動きがあれば、北朝鮮の基地を攻撃するというのも公約に書かれていました。こういう宣伝文句に乗せられる人が一人でもいるなら、恐ろしいことです。

聖書はこのような生き方、地に宝を積む生き方、敵対する者を攻撃する生き方とは違うことを教えています。地に宝を積むのではなく、天に宝を積むこと、敵対する者を攻撃するのではなく、敵を愛することを教え、勧めてくれています。そしてまた、弱さのなかで神の愛を感じることができる生き方、困難のなかで神の愛を感じる生き方こそ尊いと教えてくれています。

主イエスが言われたように、人はパンだけで生きるものではありません。そうであるならば、わたしたちは飢えている人にパンをあげるだけではなく、もっと大事なものを分かち合わなければならないと思えるのです。この場合、わたしたちがあげるだけではありません。わたしたちもこのような働きのなかで、もっと大事なものを受ける、いただくのです。

わたしたちの教会では、今年度の教会のテーマを「恵みに生きる」としました。「恵みに生きる」とはどのようなことでしょうか。お腹をすかせていて困っていたら、食料の援助がやってきた、これを「恵みに生きる」と言うでしょうか。食料が与えられたことを恵みと言ってよいでしょう。 「恵みに生きる」で間違いないように思えます。でも、どこか違うような気がしてなりません。それではただ、可哀想だから恵んでやった、困った人が恵まれたことでしかないと思えます。

「こころの友」に書かれていた神田さんの話に戻ります。「こころの友」に後日談として書かれていました。わたしにはこの後日談こそ大事に思えました。アメヤの村にはその後1999年まで支援事務所が置かれました。そして今から5年前、再びその地を旱魃が襲い、神田さんは心配をしてその地に3度目の訪問をします。しかし心配は要りませんでした。旱魃にもかかわらず、村人たちは自分の村でとれた作物をあちらの村、こちらの村へと分けて、助けていたのでした。再び旱魃が襲ったとき、アメヤ村の人たちは近隣の村に食べ物を分けて助けあっていました。しかし彼らに食料が有り余っていたのではないはずです。足りないなかでも、そのようにしたいという気持を持つことができたのでした。

神田さんは述べておられます。「助けられるしかないと思っていた自分が、人の役に立てるとわかった時に、人間としての尊厳の回復が始まるんですね。それはまた豊かさの中に生き、自分のことしか考えない日本人への問いかけでもあるのです。」

旱魃の厳しさはわたしたちの想像を絶するものでしょう。わたしなどが簡単に言うことができないのは分っています。しかしそれでも、ここにはとても大切なことが示されていると思います。人間の尊厳、人としてどう生きているかは、その人がどれだけ持っているかではなく、それをどれだけ喜び、たとえ僅かであってもそれを感謝し、それを分かち合うということではないでしょうか。

助けられたとか、恵まれたというだけではなく、神田さんの言葉にあったように、自分もまた他の人の役に立てるように生きていく、そして人間としての尊厳を回復していく、そのときこそ本当に「恵みに生きる」と言うことができるのではないでしょうか。

パウロが書いた手紙を読んでいると、彼が大変厳しい環境のなかで生きていたことがよくわかります。第二コリント6章でパウロは自分の日常の有様が、「苦難、欠乏、行き詰まり、鞭打ち、監禁、暴動、労苦、不眠、飢餓」であると述べています。単純に言ってしまうのは問題でしょうが、大旱魃のために死を覚悟した人たちと同じような、生死をさまようような体験をしていました。また、今日読んでいただいた聖書の箇所に書かれていたように、彼は、「わたしの肉体に一つのとげが与えられた」と言っています。それがどのようなものであったのかは諸説ありましが、とても大きな苦しみを伴う病気であったようです。彼は何か持病を持っていました。12章2節で彼は、「第三の天にまで引き上げられたのです。体のままか、体を離れてかは知りません」という、なんとも不思議なことを言っていますが、これはパウロ自身の臨死体験をあらわしているという意見もあります。もしそうだとすれば、パウロはそれこそ死に瀕するほどの体験をしてきたということになります。

そのために、彼は神さまに祈りました。なんとかこのとげを取り去って欲しい、彼は真剣に祈ります。しかし、とげの痛さは無くなりません。祈りは聞かれないのでしょうか。今日の箇所でパウロは、「三度主に願いました」と言っています。少なくとも、一度目、そして二度目は、なんの答も返ってこなかったようです。パウロはそれでも祈りました。ルカ18章1節に、「イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された」と書かれています。そしてこのあと、一人の女性が裁判官にうるさいほどに訴えるという譬が書かれています。パウロもまたこのように祈ったのです。

そして三度目に祈ったとき、パウロは神さまが語りかけられる声を聞きます。それは、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」という神さまの御声でした。「わたしの恵みはあなたに十分である。」厳しい艱難のなかにあるパウロに対し、神さまはあなたには今恵みが注がれていると言われたのです。これはこの世の常識から言えば、よくわからない不思議な言葉です。でもパウロにとって、それは何かハッと気付かされるような言葉であったと思います。

わたしの恵みはあなたに十分である。それは、言うならば、貧しいパウロに十分なお金が与えられたとか、病気がちのパウロに上から健康がふってきたとかという話ではありません。パウロはあいかわらず貧しく、病気を持っています。しかしそのような弱さのなかにあっても、パウロがキリストにあって真実な生き方をしていることを、気付かせる上よりの御声でした。第二コリント6章でパウロはこんなことを言っています。「今や、恵みの時、今こそ、救いの日。・・わたしたちは人を欺いているようでいて、誠実であり、人に知られていないようでいて、よく知られ、死にかかっているようで、このように生きており、罰せられているようで、殺されてはおらず、悲しんでいるようで、常に喜び、物乞いのようで、多くの人を富ませ、無一物のようで、すべてのものを所有しています。」

自分は小さく、弱い者に過ぎない。けれども、このようなわたしを神さまが用いてくださり、福音を伝える器とされていること、自分のこの働きが他の人の喜びとなっている、そのことを、「わたしの恵みはあなたに十分である」という御声によって、彼はハッと気付かされたのではないでしょうか。「力は弱さの中でこそ十分に発揮される」という言葉も、不思議に聞こえるかも知れません。でも、これもまた本当に心に残る御言葉です。12章10節でパウロは言います。「それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです。」 「弱いときにこそ強い」、これは、弱いけれども何とかなるとか、弱いけれどもかまわないと言っているのではありません。そうではなく、むしろこの弱さが用いられて、今の自分があるということです。

「弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。」この「満足しています」という言葉を、別の翻訳では、ひとこと「喜ぶ」と訳しています。どうもこちらのほうが原文に忠実なようです。

9節でもパウロは言っています。「大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」なぜなら、キリストがわたしたちの弱さの内にこそ宿ってくださるからです。主イエス・キリストは、小さな村ベツレヘムの家畜小屋にお生まれになりました。貧しい人、苦しむ人、病気の人、差別されている人と共に歩まれ、ついに十字架につかれました。十字架に死なれたキリストは、わたしたちの弱さ、小ささのなかに来てくださり、そこに宿ってくださったかたです。その恵みを受けて生きること、人間としての尊厳を回復し、わたしたちもまた、他の人の弱さや小ささに心を向け、共に歩んでいくことです。

大阪の西成というところに、金井愛明という牧師がおられました。2007年11月に76歳で亡くなられました。わたしが大阪の教会にいたとき、何度もお会いし、また金井牧師の働きの場を何度か訪ねました。働きの場というのは、「いこいの家」といいます。わたしが訪問したときは、そこで「いこい食堂」というのをしておられ、金井牧師は食堂のおやじさんとして料理の腕をふるい、働いておられました。「いこいの家」は、日雇い労働者の町である大阪・釜が崎にあります。玄米を中心にした栄養のある食事を提供していました。金井牧師は西成教会の牧師でもありましたが、活動の中心は「いこいの家」であり、労働者と共に生きることでした。

このように社会の底辺で共に生きるということを実践した金井牧師でありますが、晩年金井牧師を悩ませることがありました。それは同志社大学から名誉神学博士の学位を授与されたことです。こんな名誉とか、学位とかを受けると、自分がこれまで一緒に生きてきた労働者がどう思うだろうか、自分の名誉のためにやってきたと思われるのではないか。それが金井牧師を悩ませた理由だったようです。でもこれは率直に喜ばしいことだとわたしは思います。日雇い労働者の町の食堂のおやじさんの働きに、キリスト教の、さらにキリスト教神学の大きな課題があると認められた、そんな出来事だと思います。

金井牧師を追悼する文集が今年の2月に出され、そこにカトリックの本田哲郎神父の追悼の言葉がありました。「すごく印象に残っている金井先生の言葉は、炊き出しの列に並んでいる労働者の一番最後の人が、お鍋にしゃもじを入れる時、音がからから鳴る、ああ、もう残り少ないというので、心配そうに後ろからそっちを見ているその人に、金井先生はキリストを見ているとおっしゃったんですね。え、何で? 逆じゃないの? というのが最初の印象だったんです・・・普通だったら奉仕する側に神さまの働きを見るっていうのが当たり前のようですけれども、金井先生は、列の、しかも一番最後、自分の分が回ってくるだろうかとはらはらしているその仲間に神を見た、神さまってそういう、そちら側に働かれる方なんだ・・」

神田英輔さんも同じことを言っておられます。ボリビアで、飢餓に苦しむインディオの人たちの行列を見ているときのことです。「その時、わたしは非常に不思議な経験をしました。突然、このインディオの列の背後に、イエス・キリストが生きて立っていらっしゃると感じたのです。・・イエスさまはこれまでも、いつもわたしの目の前におられたのだという事実に目が開かれたのです。病む者の姿をとったり、痛む者の姿をとったりして、いつでもわたしの目の前におられたのです。」

キリスト教の信仰は、打ち出の小槌を持った神さまが、貧しい者を助けるというものではありません。そうではなく、神の御子が、貧しい者の一人となられ、わたしたちの弱さ、小ささの中に共に宿ってくださる。そればかりか、十字架への道を歩んでくださるかたです。わたしたちはこのかたがわたしたちの内に宿ってくださることを知っているがゆえに、弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために喜ぶことができます。

力は弱さの中にあります。力とは、この世の権力や、暴力的力ではありません。そうではなく、本当に人を生かす力、人間の尊厳を回復させる力、愛する力、信じる力です。これらの力が、わたしたちの弱さのなかでこそ与えられる。それゆえ、わたしたちは、弱さを誇ることができる。どのような状態のときにあっても、キリストのために喜ぶことができる。わたしたちは弱いときにこそ、強いのです。

     (2009年7月5日礼拝説教)