番町教会説教通信(全文)
2009年12 「飼い葉桶のおさなご」          牧師 横野朝彦

ルカ2・1−7

クリスマスおめでとうございます。救い主がわたしたちのところに来てくださった恵みを感謝し、心から喜び、賛美をするこの礼拝に共に集うことができたことを嬉しく思います。

ヨセフとマリアは故郷のベツレヘムに行く必要がありました。住民登録をするために、故郷の村に帰るようにと命令が出たのです。マリアは身重でしたから、旅をするのは大変なことでした。随分前に見た絵本に、マリアは馬に乗って、ヨセフがそれを引いているというのがありました。でも残念ながらこれは事実ではなさそうです。もし何か乗り物に乗ったとしても、それはロバであったと思います。当時の一般庶民の旅はほとんど徒歩でおこなわれました。そもそも馬は軍事用で、一般庶民が乗るようなものではありませんでした。

ヨセフとマリアが住んでいるナザレの村からベツレヘムまでは、直線距離でも120kmくらい。しかもその間には高い山々があります。ヨルダン川沿いに遠回りをしたと思われますから、実際には120kmの倍以上を歩いたと思われます。

それにしても、住民登録ということで、住民全員があちらの村へ、こちらの町へと移動したとすれば、大変なことです。旅人が大勢いて、それこそ宿屋も満室であったろうと思われます。もともと住民登録をするのは、二つの理由があります。ひとつは税金を取り立てるため、もうひとつは男たちを兵役義務につかせるためです。言うならば、国や領主の都合によって一般庶民たちは旅に出なければならず、村や町はごったがえし、混乱をしていたと思われます。

ヨセフとマリアも、ようやく長い旅を終えて、ベツレヘムにやってきました。でも、ベツレヘムの村はごったがえしています。宿屋に泊まろうとしましたが、どこの宿屋もお客さんがいっぱいで泊まることができません。マリアはお腹が大きく、もう臨月ですから、なんとか泊めてほしいと頼み込んだことでしょう。でも、誰も彼らのことを気に留める人はいませんでした。宿屋の主人にしてみれば、旅人があふれているこのときは、まさしく稼ぎ時だったことでしょう。ヨセフとマリアのことなどかまっておれない状態でした。

でも、そんななかにも、マリアたちのことを可哀想だと思ってくれた人がいたようです。夜露をしのぐだけだけど、家畜小屋で良かったらと、家畜小屋を貸してくれる人が現れました。きっと藁などもあったのでしょう。眠るだけならばそれでも助かります。でも、身重のマリアにとっては、匂いや衛生状態の悪いところでした。そしてこのようなところで、マリアは男の子を産んだのです。飼い葉桶に藁を入れて、布にくるんだ幼子を寝かせました。

これがルカによる福音書が書き記している主イエス誕生の物語です。ルカによる福音書は、ルカという人によって書かれました。実際には、複数の言い伝えをルカは編集し、独自の福音書を書いたのですが、ルカはこれを書くとき、なるべく正確に書くことを心がけました。1章1−4節に、多くの人が福音書を書いてきたけれど、わたしもすべてのことを初めから詳しく調べているので、順序正しく書こうと思うという、前書き、断り書きがあります。

今日の箇所の冒頭部分には、この出来事が起こった時代背景が書かれています。「そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。」この書き方も独特です。「昔々あるところに」という書き方ではなく、ローマ皇帝の名前がまず記され、人口調査がおこなわれたことが書かれています。つまり、これはフィクションではなく、ノンフィクション、実際にあった話だということを強調し、歴史上の事実関係を明らかにするものです。しかもそれはユダヤの一地方というのではなく、世界史との関係で説明されています。福音書記者ルカは、この話を本当のことですよと、一生懸命わたしたちに伝えようとしています。

水野源三さんの作品に「知っていますか」という題の短い詩があります。これまでにも何度かご紹介したので、ご存じでしょうが、水野さんは重い脳性麻痺のために、体の自由がきかず、また言葉を発することもできませんでした。お母さんが指し示す50音表を見て、まばたきで合図をして、一文字一文字をお母さんに知らせました。そしてそのようにしてたくさんの詩を書き残されました。教会の本箱にありますが、全部で4冊の詩集が出ています。

「知っていますか」という詩は、主イエス・キリストの誕生を歌ったもので、詩集の第2集「主にまかせよ汝が身を」に収録されています。

「知っていますか ほんとうですか 明るい蛍光灯も 暖かなストーブも やわらかなベビーベッドもない 馬小屋のかいばおけに 寝かされている方が 私達の救い主だと 知っていますか ほんとうですか」 

短い詩でありますが、印象深いものがあります。「馬小屋のかいばおけに 寝かされている方が 私達の救い主だと 知っていますか ほんとうですか」 最初の「知っていますか」は、他の人に向かって「あなたは知っていますか」という問いかけです。次の「ほんとうですか」というのは、他の人への問いかけというよりは、むしろ自分自身の心のなかで反芻している問いです。そしてそれは、疑っているために「ほんとうですか」と尋ねているというよりは、こんな素晴らしいことがあるなんて、という喜びを込めた言葉だとわたしには思えます。あまりに嬉しいことがあると、夢ではないかとほっぺたをつねるということがあります。それと同じ意味での「ほんとうですか」という言葉です。

水野さんは先程話しましたように、重度の脳性麻痺のために体の自由がありません。わたしが知っている水野さんの写真は、いつも炬燵のなかに入って頭だけを出しておられる姿です。そんな水野さんにとって、救い主が飼い葉桶に寝かされていたということは、自分のこの辛さのなかに救い主が来てくださったということだったと思います。そしてそこから、「ほんとうですか」という言葉が出てきたのだと思います。

救い主はゆりかごにではなく、飼い葉桶に寝かせられました。今日はルカ2章7節までを読んでいただきましたが、この後8節以下で、羊飼いたちが野宿しているところに天使たちが現れ、救い主誕生の知らせを告げます。「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」飼い葉桶というのは、言うまでもなく家畜に干し草などを食べさせるための桶です。ですから羊飼いたちにとって、飼い葉桶は日常的な生活の道具でした。このことからわたしが思うことは、飼い葉桶が羊飼いたちの労働の象徴、日々の労苦の象徴ではなかったかということです。

羊飼い、この当時の時代、この地方において、あまり尊敬されない仕事であったと聞きました。牧場を持っているのではなく、あちらこちらに移動する遊牧の仕事です。旧約聖書には、羊飼いの仕事が、夜も満足に眠れない辛い仕事だと書かれています。ルカ2章8節にも、「野宿しながら、夜通し羊の群れの番をしていた」とあります。夜も眠れず、羊の群れの晩をする仕事、おそらく羊飼いたちは一人ずつ交替で起きていたのだと思います。一人ぼっちで、焚き火にあたりながら夜を過ごす。なんとも寂しい、そして辛い仕事です。

ところが、そんな寂しさ、辛さ、労働の苦しさのなかに、救い主誕生の知らせが告げられ、そればかりか、飼い葉桶のなかに寝ている幼子こそ救いのしるしだというのです。羊飼いたちはどれほど驚き、また喜んだことでしょうか。それこそ「知っていますか、ほんとうですか」と問いかける出来事でした。

飼い葉桶に寝かされた幼子、それは、たまたま宿屋が満室だったので家畜小屋に泊まり、飼い葉桶に寝かされたということではありません。ここにははっきりとしたメッセージがあります。それはこの世の低きに、この世の労苦するところに、主が来てくださったというメッセージです。

「飼い葉桶と十字架」という言葉があります。飼い葉桶と十字架、言葉だけを聞くとそれらはまったく関係ないもののように思えます。一体何の関係があるのかというようなもの二つです。でも、この二つは実際大きなつながりを持っています。飼い葉桶をわたしは、日々の労苦や過ちの場に神様が来てくださったしるしと申しました。そして十字架は、これも言うまでもなく、主イエスがわたしたちへの愛の故に、私たちの重荷を、私たちの罪をすべて背負ってくださったしるしです。捨てられたもののように飼い葉桶に寝かされた幼子は、その生涯の終わりに十字架に掛けられます。飼い葉桶と十字架、それは神の独り子が私たちの重荷を背負ってくださったことのしるしなのです。

新約聖書のコリントの信徒への手紙という文書に、「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」と書かれています。またフィリピの信徒への手紙には、「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」とあります。神の子イエスは、わたしたちの重荷を担うため、この世に来られ、わたしたちが重荷を担っているその場所、飼い葉桶に寝かされました。そしてその生涯の終わりに、人々の罪を背負って十字架につかれました。この二つは深くつながっているどころか、同じひとつのことを指していると思えます。

ルカによる福音書の記者ルカは、福音書を書くにあたって正しく書こうとしました。間違いないように順序正しく書こうとしました。でも、こんなことを言うとちょっと混乱するかもしれませんが、実のところ、ルカの書いていることすべてが歴史的な検証に耐えることができるとは、残念ながら言えません。ルカの書いたことがすべて歴史的な事実の正確な記録かと言うと、残念ながらそうではありません。

何と言っても、ルカによる福音書が書かれたのは紀元70年代後半と思われますから、実際の出来事がおこってから、かなりの年月が経っています。今日わたしが最初にお話をした主イエスがお生まれになったときのことにしても、実際の出来事から80年もあとに書かれているのですから、何もかもこのとおりだったとは思えません。

でも、ルカは福音書の冒頭に書かれているように、順序正しく、正確にこれを書こうとしました。そして、今日の箇所でルカが述べていることのなかに、ルカがどうしても伝えたかったこと、間違いのないこと、真実と言えること、ほんとうのことがあります。それは何かと言うと、救い主が貧しい者、労苦している者のところに来てくださったという事実でした。これはまさしくほんとうのことでした。

ルカによる福音書が書かれたとき、その読者対象はどんな人たちだったでしょうか。ルカがこの福音書をどのような人たちに読んでもらいたいと思ったのでしょうか。はっきりしていることは、彼らがもともとユダヤ教徒ではなかった人たち、異邦人キリスト者であったということです。

ではその人たちは、どのような生活をしていたのか。そのことを詳しく解説した専門書によると、いくつかの説がありますが、そこに興味深いことが見て取れます。主イエスは、ルカ6章に書かれているように、「貧しい人々は、幸いである、神の国はあなたがたのものである」と教えてくださいました。また、ルカ15章では見失った羊や、無くした銀貨や、放蕩息子の譬話が語られています。そのような社会から疎外され、失われた存在のことをルカは繰り返し書いています。そして、ルカ福音書の読者である教会は、まさにこのように貧しく、疎外されていた人たちであったと考えられるのです。

ほかにも、ルカの教会はエビオン主義と呼ばれる人たちであったという説があります。エビオンというのは、貧しいという意味です。実際にルカの教会がどのようなものであったのか分らないとしても、貧しい人たちが多い、あるいは貧しい人たちに深い関心を持ち、そこに関わろうとしていた、それがルカ福音書の読者たちだったのです。ルカは、経済的にも、社会的にも、困難のなかにある人たち、苦しさにあえいでいる人たちに読んでもらいたいと、この福音書を書きました。

そして、そこから考えるならば、救い主が家畜小屋にお生まれになり、飼い葉桶に寝かされたということは、すなわちそれは、救い主がわたしたちの貧しさのなかに来てくださった、わたしたちのところに来てくださったということの、まさしくしるしにほかならないのです。そしてこれこそ、ルカにとって間違いの無い、事実、ほんとうのことでした。

救いの知らせが、羊飼いたちにもたらされたことも、ルカ福音書の読者たちにとっては、まさに自分たちへの知らせでした。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」

神さまの救いが、わたしたちに与えられている。救い主誕生の知らせは、大きな都にではなく、立派な宮殿にではなく、大地に座り込んで、夜通し労苦するわたしたちに与えられた。悩みと苦しみに疲れ、自分の犯してきた過ちに涙する人に、神さまは栄光を現し、救いのしるしを示してくださっている。そのことを、ルカは、その読者たちに向かって、ほんとうのこととして伝えました。他人事ではなく、わがこととして伝えました。

水野源三さんも、この出来事を知ったときに、あぁ主イエスさまは、わたしのところに来てくださったのだと感じ、深い信仰をもってクリスマスの意義を知られたのだと思います。水野さんの詩集の第3集「今あるは神の恵み」に「聖夜」、聖なる夜という題の詩があります。

「イエス様の御降誕を 喜び祝う今宵なのに 世界中には 飢えるイエス様 病むイエス様 悲しむイエス様 牢の中のイエス様が 何もできない私は ただ祈るだけです ただ祈るだけです。」

飼い葉桶に寝かされた幼子は、今このときも、飢える人、病む人、悲しむ人、牢の中にいる人と共におられると、水野さんは歌っておられます。主は悩む人、重荷を負う人、思い煩っている人、疲れている人、嘆きのなかにある人、行き詰まっている人と共に今も共にいてくださっています。

主イエスがお生まれになったとき、宿屋は満室でした。宿屋には泊まる場所がなかったというのは、主イエスの生涯がこの世の重荷を負う人と共に歩まれるものであったことの象徴です。この世に於いて捨てられ、あるいは自分の生きる意味を見失っている人に、わたしもあなたと同じように生きたのですよ。そして十字架の苦しみを体験したのですよという愛のあらわれなのです。主が負われた苦しみ、主が人々に受け容れられなかった苦しみは、ほかならず、神さまの愛のしるしです。この驚きとも言える喜びの知らせを、教会は伝えてきました。そしてそのことが、今のわたしたちにも起こっている出来事として教会はこれを伝えています。

わたしたちは今、どちらにいるのでしょうか。外のことなどかまうことなく、外のことに気付くこともなく、宿屋のなかにいる側でしょうか。それとも野宿していた羊飼いたちのように、飼い葉桶の幼子に気付く側でしょうか。「知っていますか ほんとうですか」と、心からの喜びをもって、このことを受け入れ、そして伝えていきたいものです。

(2009年12月20日礼拝説教)