番町教会説教通信(全文)
2007年9月 「年をとるすべ」              牧師 横野朝彦

コヘレトの言葉12・3―5a、13―14

明日は敬老の日、老いを敬うというのが敬老の日です。教会に集うわたしたち、人生の先輩たちを心から敬うとともに、神さまの恵みが豊かにありますようにと祈り、日々の生活に神さまの守りと祝福があるように祈りたいと思います。わたしたちの教会では、恵老祝福の祈りを持ちます。当て字でありますが、「敬う」の代わりに「恵み」という漢字を用いて、恵老と言っています。これは、老いは神さまの恵みであるという考え、そしてまた、高齢のかたがたに神さまの恵みがあるようにという祈りによります。

日本キリスト教奉仕団という社会福祉団体があります。今、タイからひとりの研修生が来ています。ダオさんという車椅子のかたです。ダオさんの研修報告書を読みましたが、とても興味深いものでした。日本では建物の1階に入るのに、ほとんど階段がないのに驚いたとのことです。そこで思い起こしてみると、タイでは階段のある建物が多いようです。タイの町を歩いていると、バンコクのような首都であっても、体の不自由なかた、高齢者にとってはとても歩きにくい、生きるのが困難な街であるというのが、偽らざる現状であろうと思います。考えるに、階段のある建物が多いのは、スコールで道路が冠水することこと多いからだと思いますが、しかしそれは車椅子のかたにとっては不自由なことです。

ダオさんが日本に来て、最初に気づいたことは、日本では高齢者が働いているということでした。ダオさんは次のように書いておられました。「最初に気が付いたことは、わたしの世話をしてくれた空港職員がかなり年を取っていたことで、タイではあまり見られないことでした。他の職員もかなり高齢でした。また、高速道路の料金所に勤務する人たちも高齢者でした。これもタイでは殆どは若い人です。日本では高齢になっても、能力があれば働く意欲があるのだと思いました。」

わたしはこれを読んで、なんとなく複雑な気持ちになり、どう理解すればよいのかなあと思わされました。そもそもダオさんが言う高齢者とは、何歳くらいの人をさしているのでしょうか。案外と、日本人からしてみれば高齢とは言えない人のことをさしているのではないでしょうか。一昔前のことですが、わたしの世話になった先生が、タクシーに乗って運転手さんと話をしていて、「65歳だ」というと、大変に敬われたという体験をされたそうです。

タイでは、高齢者がとても敬われます。それは日本とは比べ物にならないほどです。また核家族ではありませんから、家族がお互いに支えあうという環境があるようです。そしてここに二つの側面があると思います。ひとつは、高齢になっても働く意欲を持つことは大事だし、働く場のあることは良いことだという気持ちです。言われてみればタイの町を歩いていて、あまり高齢のかたは見かけなかったような気がします。これは平均年齢や、あるいは年齢構成の違いもあるのでしょうが、この点、日本の国において、年配のかたが積極的に外へ出て行く環境があるというのは結構なことです。

しかしもうひとつの問題は、高齢になっても働かないと生きていけない人たちが多くいる現実です。また、老いを敬うといいながら、生活面において、健康面において、人と人との交わり、助け合いにおいて、誰もが安心して暮らせる社会にはなっていないのではないか、そう思えてなりません。

今申した二つの面、年配のかたがたが積極的に外へ出て行く環境の肯定的な面、もういっぽうで、将来への不安のある状態、どちらもこの国の現実です。

ところで、よく言われることですが、教会に集うかたがたは、皆さん若い、気持ちも体も若い人が多いと思います。このこともまた神さまの恵みというべきでしょうが、わたしの思うに、教会において毎週メッセージを聴き、聖書をとおして幅広い心と視点を持つことができる。またたくさんの人と出会い、自分のために祈るだけではなく、他の人のために祈ることを知っている、そのことが何よりも若さの秘訣であると思えてなりません。

仕事一筋だった男性が引退したのち、何もすることがなく濡れ落ち葉になってしまうと言われたことがありました。今、幅広い趣味を持つかたが多くおられますが、それでも引退後にはすることもなく、人間関係も少なくなる人が多いのではないでしょうか。でも、少なくても、教会に来ている人には祈り祈られる人間関係がある、これはとても大きなこと、そしてとても素晴らしいことです。また仮にそのような人間関係がより薄くなったとしても、わたしたちは神さまに祈ることを許されているのであり、また神さまの愛がわたしたちに注がれていることを知っています。その意味で、わたしたちはたとえどのような状況になっても主が共におられる、これはなんと素晴らしいことでしょうか。

前にも紹介をしたことがありますが、ホイヴェルス神父の書かれた「人生の秋に」の本のなかで、「最上のわざ」という題の詩が紹介されています。ホイヴェルス神父は、1890年に生まれ、1977年に亡くなられたヘルマン・ホイヴェルス神父、このかたは上智大学の学長をなさったかたです。「最上のわざ」という詩は、ホイヴェルス神父が故郷の南ドイツに帰ったとき、友人からもらった詩だということです。お読みします。

「この世の最上のわざは何? 楽しい心で年をとり、働きたいけれど休み、しゃべりたいけれども黙り、失望しそうなときに希望し、従順に、平静に、おのれの十字架をになう。 若者が元気いっぱいで神の道を歩むのを見ても、ねたまず、人のために働くよりも、謙虚に人の世話になり、弱って、もはや人のために役だたずとも、親切で柔和であること。 老いの重荷は神の賜物、古びた心に、これで最後のみがきをかける。まことのふるさとへ行くために。おのれをこの世につなぐくさりを少しずつはずしていくのは、真にえらい仕事。こうして何もできなくなれば、それを謙虚に承諾するのだ。 神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ。手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために。 すべてをなし終えたら、臨終の床に神の声をきくだろう。『来よ、わが友、われなんじを見捨てじ』と。」

わたしはこの「最上のわざ」の詩を読むたびに、まったくそのとおりだと肯きます。終わりの部分で、「神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ」と言われています。先ほども申しましたように、わたしたちには祈り祈られる関係があります。たとえ何もできないような状況であっても、祈ることが許されている。それはなんという恵みでしょうか。孤独となり、内にこもり、外との関係が失われているように見えても、神さまがわたしたちに働きかけてくださっていることを知っている、そして神さまに祈ることを知っている、それは素晴らしいことです。

そしてそれは、働きたいけれども休まざるをえないとき、しゃべりたいけれども黙るしかないとき、そのようなときに、ねたまず、謙虚に、おのれの十字架を担うことだと、この詩には歌われていました。そしてわたしがこの詩を読んで、もっともポイントだと思ったのは、「老いの重荷は神の賜物」という言葉でした。このように言うのは簡単ではありません。けれども、人それぞれに与えられた重荷を神さまがくださったこととして受け止めることは、その人の生きる姿勢、老いに対する向き合いかたを変えてくれるに違いありません。

今日の礼拝の説教題は「年をとるすべ」といたしました。わたし自身いつまでも若いつもりでいるわけではありませんが、それでも今日恵老祝福を受ける皆さんに比べれば、まだまだ人生の経験の浅い者でしかありません。そんなわたしが「年をとるすべ」など話をする資格もなければ、能力もないことを痛感させられます。「年をとるすべ」はこうだなどと、話す力などありません。でも、牧師として言えることは、あるいは言わなければならないことは、神さまは人生のどのようなときにも、つまり幼い成長のときも、若く壮健なときも、人生の円熟のときも、そして人生の秋、あるいは冬と思えるときであっても、わたしたちは神さまの愛と守りによって生かされているということです。そして、どのようなときも、神さまの愛と守りを信じて生きることが許されているということです。

「年をとるすべ」、実はこの題は先程述べたホイヴェルス神父の「人生の秋に」の本のなかから取らせていただいたものです。「最上のわざ」が紹介されている章のタイトルが「年をとるすべ」です。それをそのまま使わせていただきました。そしてその章の冒頭に書かれているのが、今日読んでいただいた旧約聖書「コヘレトの言葉」12章3節以下です。ここには、人間が年をとるとあらゆる面で体が弱り、また不自由になる様子が厳しいまでに描かれています。「働きたいけれど休み、しゃべりたいけれど黙り」、「弱って、もはや人のために役だたずとも」と「最上のわざ」で歌われていたことが、厳しいというか、冷たいまでに描かれています。

「その日には 家を守る男も震え、力ある男も身を屈める。粉ひく女の数は減って行き、失われ 窓から眺める女の目はかすむ。通りでは門が閉ざされ、粉ひく音はやむ。鳥の声に起き上がっても、歌の節は低くなる。人は高いところを恐れ、道にはおののきがある。」

ここで述べられていることは、どの注解書を読んでもほぼ共通した解説がつけられています。「その日には 家を守る男も震え、力ある男も身を屈める。家を守る男は、人間の体のなかの手を意味していると言われています。力ある男とは足のことだそうです。つまり、手は震え、足が弱くなり屈んでしまうということです。「粉ひく女の数は減って行き、失われ 窓から眺める女の目はかすむ。」粉ひく女とは歯のことです。歯が抜けていき、数が減り失われる。窓から眺める女の目、これはそのまま目のことです。目がかすみ、見えにくくなっていくさまを表現しています。どうも辛いことですが、どれもこれも現実です。

「通りでは門が閉ざされ」、これは耳のことだという説と、唇のことだという説があります。「粉ひく音はやむ」とは、おしゃべりのことです。寡黙になってしまうということを意味しています。「鳥の声に起き上がっても、歌の節は低くなる」、朝早くに起きるのだけれど、鳥の声ははっきりしないということのようです。「人は高いところを恐れ、道にはおののきがある」、別の翻訳では、「からだは登り道を恐れ、長い道を嫌がる」となっています。

申しましたように、どれもこれも現実です。そして悲しい現実のように思えます。これまで当たり前にできていたことが、一つずつ、少しずつできなくなる、それを現実のこととして受け入れるのは、辛いことです。

「コヘレトの言葉」は、このような人間の老いの現実を厳しく述べ、そして「コヘレトの言葉」でこれまで繰り返し述べられてきた言葉をここでも繰り返しています。すなわち、8節に書かれています。「なんと空しいことか、とコヘレトは言う。すべては空しい、と。」「コヘレトの言葉」は、1章2節に「コヘレトは言う。なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい」と述べられ、そして全部で12章あるこの文書のほとんど各章で、同じことが言われています。それらの言葉は、表面的に読むならば、人生そのものを投げ出したくなるような印象をさえ受けるものです。

人生は空しい、労苦もいったい何になろう、コヘレトはこの言葉を繰り返します。しかし言うまでも無く、コヘレトは人生の虚無を述べて、だからどう生きてもよいとか、だから生きるのは止めればよいなどと主張しているのではありません。コヘレトは、ときに皮肉っぽく、またときに人生を笑い飛ばすかのように語ります。7章29節、「神は人間をまっすぐに造られたが、人間は複雑な考え方をしたがる。」8章15節、「わたしは快楽をたたえる。太陽の下、人間にとって、飲み食いし、楽しむ以上の幸福はない。」

このようなコヘレトがわたしたちに語りかけていることのなかで、わたしが大切だと思うことのひとつは、3章の「天の下の出来事にはすべて定められた時がある」の箇所です。「生まれる時、死ぬ時、植える時、植えたものを抜く時」と、人間に与えられた時について述べられています。しかし人は時をわきまえることができません。9章11−12節には「時と機会はだれにも臨むが、人間がその時を知らないだけだ」とも言われています。だからこそ、話を3章に戻し、次のように言われています。「神はすべてを時宜にかなうように造り、また、永遠を思う心を人に与えられる。」

すべてには時があるが、人は時をわきまえることができない、それゆえこれらをとおして人間には永遠を思う心が与えられているというのです。そしてこれらの言葉に続けてコヘレトは言います。3章14節です。「わたしは知った すべて神の業は永遠に不変であり 付け加えることも除くことも許されない、と。神は人間が神を畏れ敬うように定められた。」 

「神は人間が神を畏れ敬うように定められた。」これが、コヘレトがこの文書をとおして主張する中心であるとわたしは理解しています。そして、この中心的な言葉が、今日お読みいただいた12章でも繰り返されているのです。まさに結論にあたる12章の終わりの部分で、「すべてに耳を傾けて得た結論。『神を畏れ、その戒めを守れ。』これこそ、人間のすべて。神は、善をも悪をも 一切の業を、隠れたこともすべて 裁きの座に引き出されるであろう」と、コヘレトは語ります。

この世に生きることはなんと空しいことか、働いても楽にならず、より賢くなろうとしても無駄なことだ、善人が苦しむことがあり、悪人が栄えることがある、貧しい者が虐げられ、富める者は富に満足することを知らない。なんと空しいことだろう。しかし、このようなわたしたちを、神さまは見ておられる。わたしたちはいつか神さまの前に立たされるときが来る。そのとき、「お前は創造者なる神を畏れ敬い、よく生きてきた」と認めていただけるようにしなさい、それがコヘレトの述べる結論です。「すべてに耳を傾けて得た結論。『神を畏れ、その戒めを守れ。』これこそ、人間のすべて」なのです。

今日読んでいただいた聖書の箇所にあったように、わたしたちはいつか、何かを出来なくなる自分を見いだします。体が弱り、手が震え、足がかがんでしまう自分を見いだします。親しい人との交わりも疎遠になり、多くのものを失っていきます。それは辛いことです。しかし、そのようななかで残されているものがある、それは祈りであると「最上のわざ」に教えられていました。「神は最後にいちばんよい仕事を残してくださる。それは祈りだ。手は何もできない。けれども最後まで合掌できる。愛するすべての人のうえに、神の恵みを求めるために。」

ここで「最後に残るもの」と言われていることに注意をしたいと思います。つまり、人生を好き勝手に生きて、何もできなくなったときに、それではこれから祈りでもしようかと、そんなことで祈りができるはずがありません。そうではなく、常日頃から、神を畏れ敬い、祈る生活をすることによって、他のものが取り去られても、残るもの、それが祈りなのです。

わたしは先に天に召された幾人かの兄弟姉妹のことを思い起こします。その人たちのなかには、若いころに「主の祈り」を覚え、「讃美歌」を覚え、高齢となって他のことをすべて忘れてしまっても、主の祈りだけは祈り、讃美歌を口ずさんでいたかたがおられました。そしてだからこそ、今日の12章の冒頭、1節で、「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ」と教えられているのです。いや、青春の日々と書かれていますが、誰にとってもこの言葉は大切です。若い者も、そうでない者も、すでに何かが失われる体験をしている者にとっても、「お前の創造主に心を留めること」、「神を畏れ敬うこと」、これこそ「年をとるすべ」であるに違いありません。 

(2007年 9月16日 礼拝説教)