番町教会説教通信(全文)
2007年8月 「すべての人と平和に」           牧師 横野朝彦

ローマ12・9―21

本日は、8月第一の主日、日本キリスト教団の行事暦で平和聖日と定められています。主イエス・キリストは、「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」と教えてくださいました。また詩編34には、「悪を避け、善を行い、平和を尋ね求め、追い求めよ」と歌われています。平和を祈り求めること、その実現のために労することは、とても尊いことです。

しかし、世の中に争いは絶えません。戦火のやむことがありません。とても悲しむべき現実があります。平和のためといいながら、軍備を増強し、自衛のためといいながら、緊張が高められています。

平和とは何でしょうか。他国をおしつぶし、違う意見、違う文化、違う思想、違う宗教を排除し、自分たちの生活を安穏にするのが平和ではありません。武力で敵をやっつけて、自分たちは平和だというのは平和ではありません。聖書を読むと、愛と平和という言葉がしばしば並べて用いられています。ユダの手紙に、「憐れみと平和と愛が、あなたがたにますます豊かに与えられるように」と語られています。第二ヨハネに、「恵みと憐れみと平和は、真理と愛のうちにわたしたちと共にあります」と語られています。また、神さまを言い表わすときに、「愛と平和の神」という言葉があります。聖書がわたしたちに教えてくれる平和は、なによりも愛と密接に結びついているのです。

今日読んでいただいた聖書の箇所は、日本キリスト教団の聖書日課によるものですが、ここに「すべての人と平和に暮らしなさい」と教えられています。そしてここで言われていることは、なによりも9節の冒頭にある愛という言葉です。10節にも、「兄弟愛をもって互いに愛し、尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい」と教えられています。他の人と平和にすごすために大切なことは、武力や権力によって争いを平定することではなく、愛をもって互いに仕えることなのです。

今日の箇所を読むと、迫害や悪が具体的におこっていたことがわかります。14節に「あなたがたを迫害する者」とありますし、17節に「悪に悪を返さず」とあることからも、迫害や悪がおこっていたことがよくわかります。しかし、迫害する者に対して呪うのではなく祝福を祈りなさい、悪に悪を返してはいけません、復讐をしてはいけませんと、迫害者に対して祝福をもって応えるように教えられているのです。また、もしも相手が本当に悪いのなら、神さまが報復してくださることでしょう、だからあなたはその人のために祈ることだけをしなさいと、このように平和のために他者とどう対するべきか、向き合うべきかが教えられています。

今日の箇所の細かい解説はしませんが、20節の言葉はとてもおかしな表現です。敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ、ここまでは分かります。でも「そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる」、とても奇妙な言葉です。これはもともと旧約聖書箴言25章にある言葉で、炭火を頭に積むというのは、贖いとか赦しを象徴することだそうです。ですから分かり易く言ってしまえば、敵に食べさせ、敵に飲ませなさい、そうすれば敵が敵でなくなるだろうと、そのような意味として理解していただければ良いと思います。

以上の教えは、相手に何をするかではありません。なによりも基本となるのは、自分自身がどのような姿勢で対するかということだと思います。そこで今日の箇所を見ると、ここにわたしたちの生き方の基本となるべき言葉があります。13節にある、「聖なる者たちの貧しさを自分のものとして」という言葉です。16節にも、「自分を賢い者とうぬぼれてはならない」とあります。今日の箇所には見出しに「キリスト教的生活の規範」とあるように、具体的なことが多く書かれていますが、ここで言われていることの中心となることは、自分の身を低くすることなのです。平和について考えるにあたっても、高ぶることなく、自らの身を低くすることが教えられています。

ところで、わたしは今年の6月に研修会があって、群馬県の安中に行きました。研修会が終わったあと、安中教会の五味一牧師に連れられて、安中市内をいくつか巡り、また、安中教会を訪ねることができました。市内を車で走っていると、安中市が立てた観光案内の標識に、安中教会は何百メートル先といった表示があって、教会が地域に本当に根ざしていることに驚かされました。石造りの立派な会堂を入ると、壁にいくつもの肖像画が飾られていました。礼拝堂内にこのような肖像画をかけるのは、わたし個人はあまり好ましいこととは思っていません。それでも、会堂全体の雰囲気は、なかなか落ち着いた、歴史を感じさせられるものでした。

そして肖像画のうちの一枚は、柏木義円のものでした。柏木義円といっても、ご存知のかたは多くはおられないと思います。けれども、この人は日本のキリスト教の歴史において、大きな足跡を残した人です。安中教会の五味牧師は、「柏木義円のことを、もっと評価しなければならない」と熱く語っておられました。柏木義円、義は正義の義、円はお金の一円、二円の円です。柏木義円は1860年、安政7年に生まれ、1938年、昭和13年に77歳で亡くなっています。1997年から亡くなるまでの40年間、柏木義円は安中教会の牧師でした。

一つの地方の町の牧師である柏木義円が、歴史に大きな足跡を残したというのは、この人が「上毛教界月報」という新聞を発行し、時代や社会について発言を続けたことにあります。わたしも、図書館で現物を見たことがありますが、わら半紙のような粗末な紙にすられたなもので、よく保存されているものだと不思議に思うほどでした。上毛教界月報のきょうかいとは、教えると世界の界、つまりキリスト教世界という意味です。そして上毛という名のとおり、上毛地域、群馬県の諸教会の動静や消息が載せられ、柏木の論説のほか、内村鑑三、新渡戸稲造、安部磯雄、賀川豊彦といった著名な人たちが寄稿しています。地方のミニコミ紙であり、柏木自身は安中から外へ出ていないのに、その論説は歴史のなかで大きく輝いていると言ってよいと思います。ある本に、「小なりといえども天下を震撼させる重みをもっていました」と書かれていました。

上毛教界月報に毎号「本誌の主張」が載せられています。全部で8項目あり、最初の3つは信仰についての基本姿勢です。第1の項目は、「我等は天地万物を創造統治する独一の真神を天の父、人類を同父の同胞兄弟なりと信ず」と述べられ、2番目にはキリストの贖罪、3番目には永遠の命を信じると述べられています。そして4番目は「我等は国際平和の思想を普及して以って無戦世界を実現せんことを期す」と主張されています。無戦世界、戦争の無い世界ということです。5番目には良心の自由、6番目には、生存競争や優勢劣敗の社会に代わって共存共栄の社会を求めるとあり、7番目は言論の自由、8番目には公娼制度への反対が述べられています。

神とキリストへの信仰、人類は同胞であり兄弟姉妹であること、国際平和、戦争のない世界、そして良心、言論の自由など、きわめてはっきりとした主張です。そしてこの主張は、具体的に、日清戦争、日露戦争のときに、非戦論として展開されました。「政治家は一時のことを考えるが、宗教家の天職は永遠の救いにある。非戦論を主張するのは、正しく宗教家の任務である。」 「真の平和は、平和の君キリストの心を徹底的に主張して『みくにをきたらせたまえ。みこころの天になるごとく、地にもならせたまえ』との祈りを実現するほかない。・・いやしくも宗教家は戦争を否認せよ。人間の国家でありながら爪や牙の鋭いことを誇ることや、軍備によって世界の一等国の列に加わるのを誇ることを恥かしいと思わなくてはならない。」

伝記のなかから、少し分り易く要約された文章を読みました。当時の宗教界、そしてキリスト教会のなかにも、戦争はやむをえないとする意見が多くを占めていたのです。内村鑑三の非戦論は有名ですが、内村も日清戦争のときはこれを肯定しています。しかし、柏木義円は一貫して非戦の立場にたちました。

そのために、当局からは要注意人物として厳重に監視され、いつも尾行をされていました。義円はこのことについて、「神さまがわたしをえらく恵んでくださって、この頃は無料で護衛の巡査をつけてくださった」といって笑っていたとのことです。それにしても、地方の町でいつも警察が尾行するようなことでは、当然町の人々のうわさにもなるでしょうし、牧師としての職も務まらなくなると思えます。あのような教会には行かないほうが良いと、中傷も飛び交うに違いありません。しかし伝記を読むと、「教会もまたよく先生を信じて動かず、時として多少うるさい事はあったとしても、先生のような人物を監視する当局のほうがかえって笑われた位であった」と書かれていました。教会の人々から信頼を得ていたのです。

6月に研修会で安中にでかけたと申しましたが、研修会の会場は、安中のひとつ隣の磯部というところでした。宿泊したホテルのおかみさんは、安中教会の会員であり、また近くで幼稚園を経営をしておられると聞きました。研修会が終わった後、安中教会の牧師に連れられて、何箇所か訪ねましたが、そのひとつは新島襄の家、ひとつは有田屋という醤油の醸造元、もうひとつは安中教会です。

新島襄の家は、安中市の史跡となり、よく保存されていました。長屋の一軒でしょうか、小さな土間と畳の部屋がふたつ、思ったよりも狭い家でしたが、よく保存されていました。縁側を通って隣の家の部屋は展示場になっていました。

有田屋さんでは、醤油を作っている倉のなかに入り、もろみが浮き上がった醤油の桶というか、大きな水槽のようなところを、長い棒で仕込んでいる様子を見せてもらいました。有田屋さんのご主人は、湯浅太郎さんといって、現在新島学園の理事長をしておられます。有田屋さん、および湯浅さんと番町教会は深いつながりがあります。前に、創立記念礼拝で話をしたと思いますが、湯浅治郎という人が、1886年、明治19年に番町教会が現在のこの土地に会堂を建てるにあたって、金銭の工面をしています。湯浅治郎は現在の有田屋のご主人のおじいさんにあたるのだと思います。有田屋さんの向かい側には、便覧社という図書館の建物がありました。便覧社は、湯浅治郎によって建てられた日本で最初の図書館です。この図書館の2階で最初の洗礼式がおこなわれ、安中教会が生まれました。

柏木義円が当局から要注意人物とされながら、それでも人々からの信頼を得たのは、本人の人柄や信仰もさることながら、湯浅治郎の支えが大きかったのだろうと思います。ところで、柏木義円の信仰について考えるにあたり、きわめて重要な言葉があります。それは「愚俗の信」という言葉です。愚かのグ、俗人、俗世間のゾク、そして信仰のシンです。これはもともと、井上円了という仏教学者がキリスト教のことを、道理なくただ信じているだけだと批判したのに応えたものです。柏木はこれに対して、自分の信仰は愚俗の信である、しかしそれは決して学者の信に譲るところはないと述べています。そしてこれこそ、柏木義円を考えるときのキーワードです。彼はどのようなときにも上に立ってものごとを考えるのではなく、どのようなときも上に立って発言するのではなく、国家について論ずるときも、平和について論ずるときも、愚俗のひとりとして発言をしたのです。愚俗のひとりとして、言い換えれば、「愚かな大衆」のひとりとしてということです。

大衆というと、時として愚かなとか、無知蒙昧とか、教え、啓発されるべき人たちと考えられることがあります。しかし、柏木にとってはそうではありませんでした。柏木自身は愚俗として自分を位置づけました。伊谷隆一という人が「非戦の思想 土着のキリスト者柏木義円」という本を書いています。そこで次のように書かれていました。「柏木に言わせるなら、もしも啓発する者がいるとすれば、それは知識人ではなく、また政治家でもなく、他ならぬ神である。神のもとに愚俗も知識人も政治家もそして天皇もひとしなみに啓発される。」これはとても大事な指摘だと思います。

そしてこのような生き方は、今日の聖書の箇所に教えられていることの忠実な実行であるとわたしには思えます。貧しさを自分のものとし、高ぶらず、神さまにのみ主権をゆだね、迫害する者への報復も神さまにゆだね、自分自身を愚俗であると位置づけて、非戦、無戦、平和を訴えつづけました。柏木の舌鋒は、キリスト教会に対しても及びました。組合教会が朝鮮伝道を進めようとしたときには、教会が国の言いなりの御用宗教になっていると、組合教会に対する批判をおこないました。その意味で、この人の生き方は、それこそ愚直という言葉が当てはまると思えます。愚直に、愚俗の信を貫いたのでした。

今日の聖書の箇所について、もう少し考えておきたいと思います。ここには「キリスト教的生活の規範」というべきことが書かれています。この手紙はローマの教会に送られたものです。パウロはローマに行ったことがありません。しかし異邦人伝道をしたいと考えているパウロにとって、ローマは異邦人たちの最大の都です。ぜひここに行き、さらにそこを足がかりとしてスペインのほうまで伝道したいと考えていました。そして、手紙では、ユダヤ人の救いについて、異邦人の救いについて書かれ、12章以降でキリスト者としての具体的な生き方について述べています。

そしてここで注意をしておきたいことは、キリスト者の具体的生き方といっても、これは細かい規則ではないし、また人を縛り付けるものではないということです。パウロは、ローマ3章28節で、「人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰による」と述べています。パウロは、人が神さまによって義とされるのは、律法のおこないによるのではなく、信仰によると述べます。なお、義とされるとは、先週の聖書の箇所第一ペトロで言われていたときは、正義の義と同じ意味と考えられましたが、パウロが使う「義」とは、神さまととの正しい関係のありかたを意味しています。人間が神さまと正しいつながりを持つには、どれだけ良いおこないをしたということではなく、ただ神さまへの信仰なのだと、パウロはローマの信徒への手紙でそのことを丁寧に論じています。

ですから、ローマの信徒への手紙12章以下にキリスト者の具体的生き方が書かれているからといって、これを規則、法律のように考えるのは正しくありません。律法が廃棄されて、新しくわたしたちを縛る法律ができたのではありません。大切なことは、これらの具体的生き方の基本にあるものです。そしてその基本とは、キリストが自らをささげてまでわたしたちに示してくださった愛なのです。パウロはローマ5章で言っています。「しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。」また愛と律法の関係については、13章で言っています。「互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。」

このように、キリストがわたしたちのために十字架に死んでくださった、この愛をわたしたちの生活の基本に置く、それがキリスト教的生活の規範なのです。12章以下で具体的生き方が書かれていると言いましたが、しかしパウロは細かくあれこれと指示をしてはいません。12章3節で、「自分を過大に評価してはなりません」と言っています。これは今日の箇所の「聖なる者たちの貧しさを自分のものとする」、また、「互いに相手を優れた者と思いなさい」と対になっている言葉です。キリストがわたしたちを愛し、ご自身の身を低くしてくださったように、わたしたちも、キリストの愛によって生かされたものとして、愚俗の信を生きたい、生かされたいと願います。

(2007年 8月 5日 礼拝説教)