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2006年6月 「神の力に生かされて」 牧師 横野朝彦
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第一コリント12・1―11
先週の水曜日、番町教会を会場に農村伝道神学校の会議があり、そのときに名古屋におられる島しづ子牧師が来られました。島牧師は3年前の教会修養会の講師として来てくださり、とてもよいお話をしてくださいました。あれ以降今も、番町教会のかたから、島牧師がなさっている働きのために衣類などを送ってくださっているかたがおられ、そのことをとても感謝しておられました。よろしく伝えてくださいとのことでした。島牧師は、お子さんの陽子ちゃんが重い障害をかかえていました。教会修養会ではお子さんのことを話してくださいました。
島牧師が書かれた「イエスのまなざし」にこう書かれていました。「彼女がした仕事は、私のうちに来た人に『こんにちは』と言われると笑顔を向け、そして知っている人ですと、声を上げて体を震わせて喜ぶということでした。なーんにもできない。しかし、バニエさんが言われたように、『あなたは大事な人です、あなたに会えてうれしい』というメッセージを胸の中に置いて、手とまなざしで語り続けてくれました。・・彼女は天国に還っていきましたけれど、障害者になってから15年間私のそばにいてくれました。・・彼女が私にくれたプレゼントは、私の存在を喜び、私の声を聞き、全身で喜びを表すということでした。不十分な親である私を待ち続けて、私を喜んでくれました。何ができる、何ができないじゃなくて、私という人間を喜んでくれる人がいる、それが私を生かしてくれました。」
わたし自身は島陽子ちゃんに会ったこともありません。でも、本に載せられた写真を見て、その笑顔のやさしさにとても心打たれたのを覚えています。今もその写真の顔を思い出すことができます。人間的には何もできなかったかも知れないけれど、会ったことのないわたしにまで、なにかを与えてくれ、島牧師が言うように、それがわたしを生かしてくれているのだと思います。
もうひとり別の女性の話をします。この人は、功績という面では大きな働きをした人です。1871年、明治5年に5人の少女たちが留学のためにアメリカに旅立っています。そのうちのひとりは、津田塾を創設した津田梅子でした。そしてもうひとり、今日紹介したいのは、山川咲子という人です。彼女が留学のために旅立ったのはわずか11歳のときでした。11歳でアメリカに渡り、11年間もの長い留学生活をしています。一昔前までは、外国に旅行するのは、もう二度と会えないと思えるほどの、大変なことでした。山川咲子の母は、このとき娘を捨てたつもりで送り出し、将来を待つことにしました。捨てて待つ、そこで咲子は、名前を捨松と改めます。日本に帰国後、陸軍大臣であった大山巌という人と結婚しましたので、彼女は後の名を大山捨松と言います。
彼女は、鹿鳴館の華とも鹿鳴館の貴婦人とも呼ばれたほどの美貌と華やかさを持った人で、残された写真を見ると、そのように呼ばれるのも当たり前といった印象を受けます。しかし実際には、彼女は鹿鳴館時代の風潮を嫌い、質実な生き方をしたそうです。彼女はアメリカでは看護師の資格を取り、ナイチンゲールの精神を学んでいます。そして鹿鳴館でわが国初のバザーを開き、その収益でわが国初の看護学校を設立します。また日露戦争中は、日本赤十字社に働きかけ、篤志看護婦人会を誕生させ、自らその一人として働き、日本におけるボランティア活動のさきがけとなりました。
わたしは大山捨松について、どこかで名前を聞いたことがあるという程度の知識しかありませんでした。ところが最近、キリスト新聞社から「聖霊の降臨」という本が出され、そこに会津若松教会の山下智子牧師が書いておられる文章のなかで、大山捨松のことが書かれているのを読みました。そしてこの本に、アメリカから帰国後の捨松が番町教会のメンバーであったことが書かれていたのです。それが今日、大山捨松のことを話し始めた理由です。日本キリスト教歴史大事典で調べてみると、そこにも、彼女が番町教会にいたことが書かれていました。
「聖霊の降臨」という本のなかで、山下牧師は捨松が会津若松の出身であったこと、8歳のころ、戊辰戦争で会津城、別名鶴ケ城に立てこもり、ベロ出しくんと呼ばれる独特の形をした凧をあげて、味方を励ましたことを紹介しておられました。そして会津では、この凧が、16世紀のキリシタン大名、蒲生氏郷(うじさと)によって会津にもたらされ、後に隠れキリシタンたちが何らかの合図に用いていたと書かれていました。そして山下牧師は、大山捨松の生涯が、この凧にように、神さまの風を受けたものであったと書いておられました。
今日は聖霊降臨日、ペンテコステです。主イエス・キリストが十字架の死から甦られてのち、40日間弟子たちにその姿を現され、天に昇られたと聖書は証言しています。そしてそれから10日目、つまり復活から50日目、弟子たちが集まっているときに、突然激しい風が吹いてくるような音がして、一同に聖霊がくだります。そしてこれによって弟子たちは力を得て、福音宣教のための働きを始めたのでした。
これまで彼らは主イエス・キリストによって弟子とされ、福音宣教のために町や村に遣わされてはいました。しかし福音書を読んでいると、彼ら弟子たちが主イエスのことをしばしば誤解し、その不信仰を露呈していることに気づかされます。そしてそのような不信仰が頂点に達したのが、主イエスの十字架であり復活でした。主イエスが逮捕されたとき、弟子たちはちりぢりに逃げてしまいます。主イエスを裏切ったのはユダだけではなく、ペトロやほかの弟子たちも同様でした。そしてまた主が復活されたとき、マグダラのマリアがその知らせを弟子たちに伝えたにもかかわらず、彼らは信じなかったと福音書は証言をしています。今や目的を見失い、意気消沈した日々を送っていたのです。気力を失い、何をする元気もなくしていました。あるいはまた、二人の弟子が、田舎に帰ろうとエルサレムの町を離れ去っていたことも記録されています。
そんな彼らに主イエスはたびたび復活の御姿を現してくださいます。そして主が昇天されたその日、主は弟子たちに言われます。使徒言行録1章8節に書かれています。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」そして、主イエスがまさにこのように予告をされたとおりに、弟子たちに聖霊が下ったのでした。彼らは目的を失い、気力を失っていましたが、今や主イエス・キリストの福音の証人としての働きを始めます。
すなわち、聖霊降臨がなければ弟子たちの福音宣教はありませんでした。聖霊降臨日は教会の誕生日とも言われています。教会を建てたのは、弟子たちの功績ではありません。彼らに力があったからできたのではありません。そうではなく、まさしく聖霊の働きでした。初代教会の建設と福音が広く異邦世界に伝わっていく様子の描かれた使徒言行録は、使徒たちの働きの記録ですが、実際にはこれは聖霊の働きの記録だと理解されます。
しかし、それにしても聖霊とは何かを説明するのは難しいところです。教会では毎週の礼拝でおこなわれる説教のタイトルを事前に予告し、週報に掲載するとともに、教会の玄関に看板をかけて、案内としています。町を歩いている人が、その看板をみて、どんな話なのか聞いてみたいと興味をもっていただければ最高なのですが、なかなか上手な題をつけることができません。ただわたしがそれなりに気遣っているのは、キリスト教のことや聖書のことをよく知っている人だけがわかるような題にはしないようにということです。ですから、今日の説教の題も最初に考えたのは、「聖霊に生かされて」というものでしたが、何か別の言葉で表現したいと思い、結局、「神の力に生かされて」といたしました。聖霊、それは神さまがわたしたちに働きかけてくださる力です。それも、ただ上から、あるいは外側から働きかけてくださるというのではなく、わたしたちの内なる力となって働いてくださる神の力であると言うことができます。
今日読んでいただいた第一コリント12章3節に、重要な言葉があります。それは、「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えない」という言葉です。このことを言い換えれば、わたしたちが「イエスは主である」と言うことができるのは、聖霊の働き、つまり神さまがわたしたちのうちに働いてくださっているからなのです。創世記によれば、人は土の塵によって造られたと記されています。本来価値のない、捨てられて当然の土から造られ、神さまが命の息を吹き入れてくださって、人は生きたものとなったと創世記2章に書かれています。命の息、それは霊と訳すことができる言葉です。土の塵にすぎないわたしたちは、神さまの霊を与えられることによって生きている、生かされているのです。
そもそも聖霊という言葉がわかりにくいのは、日本の国では霊というと、幽霊とか、亡霊とか、あるいは怨む霊と書く怨霊(おんりょう)、さらに死の霊と書く死霊(しりょう)など、死者にまつわる印象が強いからだと思います。わたしも子どものころ、霊というと、墓場にただよっているようなものと、なんとなく思っていました。子どものころに読んだり聞いたりした怪談話の影響だと思います。しかし、聖書が語っているのは、そのようなことではありません。聖書が語る霊とは、わたしたちがそれによって「生きたものとなった」というくらいに、生き生きとしたもの、わたしたちを生かす力なのです。
今日読んでいただいた箇所で、「霊の賜物」について語られています。4節以下にあるように、賜物はいろいろあります。「ある人には“霊”によって知恵の言葉、ある人には同じ“霊”によって知識の言葉が与えられ、ある人にはその同じ“霊”によって信仰、ある人にはこの唯一の“霊”によって病気をいやす力、ある人には奇跡を行う力、ある人には預言する力、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言を語る力、ある人には異言を解釈する力が与えられています。」ここに書かれていることは、今日のわたしたちにとって今ひとつピンとこないところがあります。しかしここで言われていることはどれも特別なことではないと思います。
要するにわたしたちがそれぞれ人によって話すのが得意な人がいたり、書くのが得意な人がいたり、あるいは最近は傾聴ボランティアというのがあるように聞くのが得意な人もいます。教えるのが好きな人もおれば、黙々と体を使って仕事をするのが好きな人もいます。こういう、人によって違ういろいろな特性というか、個性というのは、すべて霊の働きであって、聖霊がその人のうちに働きかけてくださっているからだ、そしてそれはその人だけの問題ではなく、7節にあるように、「全体の益となるため」だというのが、パウロの主張なのです。
パウロは12章の後半でわたしたちはキリストの体であって、それぞれが手の働きをしたり、足の働きをしたりしている、どの部分も必要なのであり、とりわけ弱いと思える部分が必要なのだと言っています。そしてさらに次のように言っています。「神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。皆が使徒であろうか。皆が預言者であろうか。皆が教師であろうか。皆が奇跡を行う者であろうか。」ある人は話すということにたけています。ある人は聞くということにたけています。ところがわたしたちは、時に大きな間違いをするのです。その人がなにかの仕事が得意だとして、それと同じことを他の人にも要求をするのです。自分が得意なことを、他の人もして当たり前だと考えてしまいます。
パウロはここで、霊の賜物について述べ、霊の賜物によるいろいろな働きについて語っていますが、わたしが思うに、ここでは何かできる人よりも、むしろできない人のことが配慮されていると思えます。だからこそ、22節で「体の中でほかよりも弱く見える部分がかえって必要なのです」と述べ、26節で「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ」と言うのです。わたしたちは、神さまから聖霊の働きをいただいています。なかには、自分は小さな働きしかいただいていないと思っている人もいることでしょう。大きな働きをしている人をみて、うらやましく思う人もいることでしょう。でも、大きな働きであっても、それで誇ることはないし、小さな働きであってもそれで卑下することはありません。大切なことは、それらはいずれも全体の益となる働きであって、わたしたちを生かす神の力だということです。
ここのところを間違えたならば、本来ひとつのキリストの体であるべきものが、ばらばらの部分、ばらばらのただのパーツになってしまいます。いくら素晴らしい手の働きであっても、手だけが優秀ではなんにもなりません。いくら素晴らしい頭であっても、頭だけでは全体の益とならないのです。わたしたちは、その意味で、他の人が耳の働きをしているならばその働きに、目の働きをしているならばその働きに、そしてたとえ働きがよく見えない人であってもその人のうえに、神さまの聖霊が働き、全体の益となるようにしてくださっているということを知ることこそ大事なのではないでしょうか。
コリントの信徒への手紙を語るたびに申し上げていることですが、この手紙が書かれた目的の一つとして、コリントの教会のなかにある党派争い、分派活動があります。党派争い、分派活動のなかには、「奇跡を行う力」「預言する力」「霊を見分ける力」などを言う人たちもいたのでした。今でも、キリスト教のたくさんある教派のなかには、こういったことを強く主張されるのがあります。奇跡であるとか、聖霊の働きを強く主張され、わたしたちの教会とかなり肌合いの違う教会があります。そしてそういう教会はしばしば自分たちこそ本当の教会で、ほかは間違っているというような言い方をされるのです。いっぽうわたしたちもまた、あの教会はわたしたちとは違うのですよと、切って捨てるようなところがあります。でも、パウロはそうは言いません。パウロは、こういった特別な能力を誇る人たちのことを、それは神様が与えられた働きの一つであって、それは全体の益となるためなのですよと言うのです。
特別なことを主張する人たちに対しては、あなたがたは自分たちが絶対だと思っているかも知れないが、それは全体のなかの一部に過ぎないのですよ、そして全体の益となるためなのですよと、このように教え諭している。また、あの人たちは困ったものだと思っているわたしたちに対しても、あの人たちを切り捨ててはいけませんよ、あの人たちも体の一部であり、全体の益となるように働いているのですよと、受け入れることを勧めているのです。
最初に大山捨松という女性のことを話しました。この人などは大きな働きをした人で、美貌と才能と行動力とで、どうしてこんなに優秀なのだろうとうらやみたくなるほどです。でも、この人がキリスト教の歴史に名を残しているのは、彼女の働きが、彼女自身のうちに働く聖霊の力によるものであり、そしてその働きがまさしく全体の益となったからです。だからこそ彼女は、看護という分野で、人に仕えるという働きをしたのでしょう。
それと同じ言い方が、小さな働きしかできていないと思える人にも言えるはずです。島牧師のお子さん、陽子ちゃんは、働きということでいえば、何一つできませんでした。でも、彼女はお母さんに多くのものを与え、わたしたちにも多くのものを分け与えてくれました。人間的に言えば、よい働きとそうでない働きがあり、高い評価と低い評価があることでしょう。しかし神さまがそれぞれに働いてその人を生かしてくださっているということは、人間の目による評価ではなく、なによりもその人を神さまが生かしてくださっていることこそが大事なのであり、その人が生きていることは、その人ひとりの問題ではなく、全体を生かすためなのです。
(2006年6月4日 聖霊降臨日礼拝説教)
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