番町教会説教通信(全文)
2006年11月 「神の約束」               牧師 横野朝彦


創世記18・1―15

1886年、明治19年11月13日、土曜日の午後2時から番町教会の設立式がおこなわれました。集まったのは230―240名、礼拝の司式や聖書朗読、祈祷、祝辞、教会への勧めの言葉など、神戸、群馬など各地の人々がおこない、一教会の設立というよりは、すでに誕生をしていた全国の諸教会の祈りと、助けによって出発したことを思わされます。説教者は湯島講義所の海老名弾正牧師でした。後の本郷教会、現在の弓町本郷教会です。この日、洗礼を受けたのは成人7名、幼児6名、このほか東京第一教会、現霊南坂教会から転入した者11名、その他12名、計大人30名、幼児6名でこの教会は出発をしました。

不思議に思われないでしょうか。洗礼式がおこなわれ、大人と幼児あわせて13名もがこの日に受洗したということは、キリストの福音がそれ以前から伝えられていたということであり、それ以前から教会の活動がおこなわれていたということです。事実、番町教会はその前から、番町講義所として教会の働きをしていました。講義所の開堂式は1886年4月10日です。他の教会の創立記念日がどこを起点としているかなどを調べると、番町教会が、創立記念日を設立式のあった11月ではなく、講義所が開始された4月10日としても良かったように思えます。どちらにしても同じ1886年でありますが、教会を生み出すための祈りと努力が、この11月よりも前からおこなわれていたことは覚えられてよいと思います。

日本の国がキリシタン禁制の高札を撤去したのは1873年、明治6年のことです。高札が撤去されたとはいえ、キリスト教を信じることが自由であるとは一般国民に知らされることはほとんどなく、信仰を持つことは厳しい困難がともなったことと思われます。西欧の文化を取り入れるという大きなうねりのようなものがあったとはいえ、教会を設立し、そこに集うということは、強い関心や決意が必要であったことでしょう。教会は大きな困難のなかで生み出されました。設立式に集った人たちの喜びと意気込み、そして希望は大変なものでした。

番町教会は今年で創立120年を迎えます。今年の4月におこなわれた教会総会を前にして、役員会や教会協議会でたくさんの意見を交わし、協議をしました。そこで多くの者たちが共通して考えたことは、創立120年という歴史とか伝統は大切にするとしても、決して過去を振り返るだけに終わるのではなく、このときを始まりとしたいということでした。教会総会の資料には、「この年をただ歴史を誇るような意味で過ごすのではなく、むしろこの時を新たな出発の時とし、明日に向けての幻を見る年としたい」と書かせていただいています。このことを、充分ではないとしても、多くのものの共通の気持ちとして持つことができたのは、とても感謝なことであり、大きな意義のあることだと思います。

しかしながら、番町教会が創立120年を機にして、新しい出発をしようとしても、わたしたちの目に入るのは困難であり、わたし達自身の力のなさであり、弱さです。年齢構成や層の厚みなどを考えれば、難しいことばかりが見えてきます。でも、このようなときにこそ、信仰の力が問われているのではないでしょうか。

そもそも教会は、人がたくさんおり、経済的にも裕福で、何の不自由もない状態で生み出されたのではありませんでした。番町教会の場合は、最初そこに集まったのは当時の名士たちが多く、いろいろな意味で恵まれていたとは思います。それでも、なにもかもが揃っていたのではなく、あったのは、まさに教会を起こしたいという強い意気込み、それが何よりも大きなものであり、人々を結び付けていたのだと思います。

2000年前、初代の教会の人々をみても、パウロは第一コリント1章で、神は「世の無に等しい者」を選ばれたと言っています。無に等しい者、これは決して謙遜の言葉ではなく、現実をそのまま言った言葉であると思います。使徒言行録3章ではペトロが、「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と言っています。これは後半の力強い言葉にこそ意味のある言葉ですが、前半で述べられている「金や銀はないが」というのは、まったくそのとおりだったに違いありません。

1年ほど前、京都の同志社大学のすぐ近くにある喫茶店に入りました。壁に一枚の色紙が額に入れられて飾られているのが目に入りました。「金銀はわれになし」と書かれ、八郎と署名がありました。国際基督教大学の初代の総長を務めた湯浅八郎の色紙でした。聖書の一節が書かれた色紙の言葉が、こんなに心をゆさぶり引きつけるものかという思いがして、わたしは長い間この色紙をながめていました。

ふとつまらないことを考えました。喫茶店の壁にかけられた額の言葉でありますが、これを聖書の御言葉であるということを知らないで、お客さんが読んだならば、どのように理解するだろうということでした。「金銀はわれになし」、お金がない、たったそれだけのこととして読まれてしまうのかも知れません。ここで言われていることは、そんなことではなく、自分には何もないが、キリストによって立ち上がって生きるのだという強い志です。湯浅八郎は、国際基督教大学を退いたあとも、名誉総長・理事長となり、またYMCAや新島学園、さらにアムネスティ運動にかかわり、人権問題をはじめ多くの分野で活躍されました。そして、八郎の父、湯浅治郎が、番町教会設立と、この土地に教会を建てるにあたって大変な尽力をした人物であることをわたしたちは忘れてはなりません。

話を現在に戻し、わたしたちの教会が、新しい出発をしようとするとき、あるものを数えるよりは、ないもの、足りないものを数えるほうが早いのかも知れません。しかし、わたしたちに求められている生き方は、足りないものを数えて立ち止まることではなく、たとえ金銀はなくとも、キリストの名によって立ち上がることであり、明日への希望を抱くことであるはずです。

さて、今日は創世記から聖書を読んでいただきました。アブラム、後の名をアブラハム、サライ、後の名をサラという二人に、子が生まれるであろうと、神さまの使いが語る場面です。アブラハムとサラの夫婦について、わたしたちは信仰の先輩として、立派な人物と聞いています。アブラハムのことを「信仰の父」と呼ぶこともあります。しかし彼らの生涯を見ていくと、彼らもまた厳しい人生の体験をしていることに気づきます。もともと彼らはユーフラテス河の流域、ほとんどペルシャ湾に近いところの出身です。神さまの示されるままにそこを旅立ち、カナンの地、現在のパレスチナ地方にやってきます。それは「行く先を知らずして」と評されるほどに、当てもない流浪の旅でした。

彼らは故郷を出発した後、エジプトに滞在します。そこでも多くの危険な目にあいます。次に死海、塩の海の南端のあたりまで行きますが、そこで甥にあたるロトと別れます。ところがそのあとで、戦いに巻き込まれたロトを救出するという事件が起こっています。彼らはまた、ソドムの町が滅亡するのを目の当たりにします。このとき、ロトの妻は塩の柱となったと記されています。このように、これでもかこれでもかと、生活が心身ともに疲れ果てるような、そんな日々を彼らは送っていたのです。

彼らの困難は、外側ばかりではありません。家庭の内側でも、かなり複雑なことになっています。サラに子がいませんでした。創世記11章には、「サライは不妊の女で、子どもができなかった」と書かれています。ルカ1章にも、「エリサベトは不妊の女だったので」と書かれています。わたしはこの言葉を読むととても嫌な気持ちになります。事実をそのまま述べているというよりは、蔑称に近いのではないでしょうか。

サラという女性の生涯の、特に前半は、このように蔑まれる言葉で言われるような辛いものが多かったと思われます。そこで、夫アブラハムは奴隷であったハガルという女性との間に子をもうけます。そもそもハガルはサラに仕える奴隷であり、アブラハムにハガルを勧めたのはサラであったのですから、なんとも不思議な関係です。そんな彼らがうまくいくはずがありません。サラとハガルの人間関係がうまくいかず、間に入るべきアブラハムは優柔不断で、結局ハガルは子を連れて逃げ出しています。サラがハガルに対しておこなったことは、サラ自身にも問題があると思えますから、彼女は外からの艱難に出会い、また自分自身の過ちによる苦しさをも体験していることがわかります。

以上のように、どこをとってみても難しいことばかり、マイナスを数えようとすれば、いくらでも数えられる、それがアブラハムとサラの二人を取り巻く状況でした。それは、重荷の多い、辛い生活であったと思われます。ところが、まさにそのような困難の続くある日、神さまの使いが彼らのもとに現れて語ります。それは彼ら夫婦に男の子が生まれるという預言の言葉でした。神の使いが言います。「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう。」

アブラハムに語られたこの言葉を、サラはすぐ後ろの天幕の入り口で聞いていました。そこでサラはひそかに笑うのです。自分は年をとっている、自分に子どもが生まれるはずがない。このように思うことはまったく当たり前のようでもあります。サラがこのように思ったのは、直接的には年齢の問題です。高齢になって、もう子どもが生まれるはずがない、そう思うのはごく自然です。

でも、わたしはそれだけではなく、もう少し別の角度から見たいと思うのです。それは申しましたように、サラの人生が波乱にとんだものであり、艱難辛苦の多いものであったという事実です。今日は18章を読んでいただきましたが、その前にはロトとの別れ、ロトの救出、ハガルの逃亡と出産といった出来事があり、19章にはソドムの滅亡が報告されています。つまり、どこを取ってみてもこれから先に良いことがあるとは思えない、そういう人生の日々のなかで、新しい命が与えられる、新しいことが始まるということへの疑い、そんなことはないだろうという想い、それゆえ彼女は思わず笑ってしまったのです。

ご承知のとおり、神の使いが告げたことはそのとおりに実現しました。創世記21章を読むと、「主は、約束されたとおりサラを顧み、さきに語られたとおりサラのために行われたので、彼女は身ごもり、年老いたアブラハムとの間に男の子を産んだ」と記されています。そしてこの子の名はイサクと名づけられます。イサクとは「笑う」という意味です。子が生まれると聞いたとき、そんなことはありえないと、不信仰な笑いをしました。神さまの言葉さえあざ笑うように彼女は笑ってしまったのです。にもかかわらず、御使いが告げた言葉はそのとおりに実現をします。21章6節に書かれています。「神はわたしに笑いをお与えになった。聞く者は皆、わたしと笑い(イサク)を共にしてくれるでしょう。」彼女は大きな喜びで満たされ、心の底から笑っています。それは神さまの祝福を喜ぶ笑いでした。

アブラハムとサラの物語を考えるとき、要所要所でアブラハムに対して与えられた神さまの約束のことを覚えるべきだと思います。そもそも、彼らは出身地であるカルデアのウルという土地を出発したのは何故だったのでしょうか。12章で、故郷を出発するとき神さまは彼らに約束を与えられました。神さまが彼らを大いなる国民とする約束を与え、「生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい」と命じられたのでした。13章では、ロトとの別れのあとに、「あなたの子孫を大地の砂のようにする」、つまり数え切れないほどにすると約束されています。15章では、あなたの子孫は空の星のようにすると約束されています。そして17章でもアブラハムに対して、子の誕生が約束されています。このように、アブラハム物語を終始一貫しているのは、神さまの約束であり祝福です。そして今日の箇所でも、「わたしは来年の今ごろ、必ずここにまた来ますが、そのころには、あなたの妻のサラに男の子が生まれているでしょう」という受胎告知の約束が与えられています。

このことを考えてみると、アブラハム物語は、アブラハムやサラの人生の波乱万丈や彼らの人間的弱さをむき出しにしながら、なおかつ、その人生の要所要所、節目節目で、神さまが彼らに約束を与え、祝福を与え、彼らを励ましていることがわかります。行く先を知らずして出発した彼らの旅でありましたが、その旅路を終始一貫して守っておられるのがわかります。そして、妻のサラもまた、この約束に生かされていました。苦しみだらけの人生を歩み、またハガルとの関係において、人間的弱さを露呈している女性でありましたが、そんな彼女をも神さまは顧みてくださり、祝福を与え、約束を与えてくださったのです。そしてその祝福の頂点とも言えるのが、イサク誕生の約束でした。

以上、アブラハムとサラの物語、そのなかでも今日の箇所は、サラに男の子が生まれるという約束の場面を読んでいただきました。今日のこの箇所が、11月第2週のこの時期に読まれるのはどのような意味があるのでしょうか。先週から教会暦において降誕節に入りました。今日は降誕前第8の主日です。降誕前節とは、かつて契約節とも呼ばれていました。つまり、救い主誕生を待ち望むアドベントのさらにその前、旧約聖書の時代から救い主の到来が約束されていたことを覚える季節です。その意味で、イサク誕生の約束は、救い主到来の約束に通じるものがあります。

もちろん、今日の物語が直接救い主到来を告げているのではありません。しかし、次々と起こってくる困難、またソドムの滅亡など、内に外に苦しみを覚え、流浪の旅をしていた彼らに神さまが約束を与え続けられたこと、ハガルのことなど、人間的間違いを犯している彼らをも赦してくださったことは、救い主到来に至る神さまの祝福のしるしであると思えます。

本日は創立記念礼拝です。番町教会は明日13日で、設立式から数えてちょうど120年となります。わたしたちのこれまでの歩みはけっして平坦ではありませんでした。正しい歩みもあったことでしょうが、間違った歩みも少なからずあったに違いありません。教会が分かれるような危機さえ何度か体験しています。関東大震災や戦火のため、なにもかも失った経験もあります。金銀はわれになし、弱く乏しい群れでした。しかしそのようなわたしたちに神さまは約束を与え、祝福を与えて、今日まで導いてくださいました。

120年にあたり、これを新しい出発のときにしたいと考えても、120歳のわたしたちに何ができるかと、思わず笑ってしまうような不信仰なわたしたちであるかも知れません。しかしそのようなわたしたちをも神さまは顧みてくださり、新しい命を与えてくださいます。そして、祝福に満ちた喜びの笑いを与えてくださるのです。

(2006年11月12日 礼拝説教)