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2006年10月 「苦難と希望」 牧師 横野朝彦
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コロサイ1・21―29
讃美歌483番に「わが主イエスよ、ひたすら、祈り求む愛をば」と歌われていました。覚え易いメロディで、よく知られている曲です。わたしの好きな讃美歌のひとつだと言うことができます。しかしながら、それにもかかわらず、わたしは礼拝で歌う讃美歌として選ぶことを、それほどしてきませんでした。なんといっても3節の歌詞にわたしたちはドキッとさせられてしまいます。「来たれ、来たれ、苦しみ、憂き悩みもいとわじ、いさみ歌わん、主を愛する、愛をば、愛をば。」この曲をどれだけ本気で歌うことが出来るでしょうか。
本当に「来たれ、来たれ、苦しみ」とお前は思っているのかと、自分自身に問い直すと、いや苦しみはいやです、苦しみなんか来て欲しくありませんというのが、本心です。それは間違いなく、皆さんにとっても同じ気持ちであろうと思います。「憂き、悩みも、いとわじ」とも言われていますけれど、憂きも悩みも、厭うのがわたしたちの本心です。主の祈りでわたしたちは、「試みにあわせず、悪より救い出したまえ」と祈ります。これは罪の誘惑など幅広い意味を持つ言葉だと思いますけれど、同時に、病などによる試練も含まれていることでしょう。憂き悩みという試練も含まれていることでしょう。どうか苦しみを取り去ってください。憂き悩みを取り去ってください。それがわたしたちの日常の祈りであり、日々願っていることです。
そのように考えれば、讃美歌483番のこの言葉は、苦しみの、言うならば到達した境地のなかでしか歌うことができないのではないかと思えます。作詞者はエリザベス・プレンティスという、1818年に生まれ、60歳で亡くなったアメリカ人女性です。彼女は30代後半のときに心身に大きな苦しみを得たということで、そのころ祈りの形で書かれた言葉が、後に讃美歌として歌われるようになったのでした。彼女が、主を愛する愛を増していくことができるようにと願ったのは、心身の苦しみの底から助け求める祈りでした。ですから、そのように歌われた歌を、今この自分が、小さな故障はあるけれども、おおむね健康を与えられているこの自分が、深い意味を考えもせずに、ただ讃美歌に載っているからとか、綺麗な曲だからということで歌うことができるだろうか。そんな思いにとらわれるのです。
ですから、わたしとしてはこの讃美歌を歌うときには、少なくとも意味をしっかり考えながら歌いたい。ちょっと矛盾した言い方になるとは思いますけれど、本心から歌いきれない自分というものを認めながら、歌っていきたいのです。わたしの言いたいことを聞き取っていただけたでしょうか。わたしは苦しみを負うのはいやです。でも神さま、もしわたしが苦しみを負わなければならないときが来たならば、そのようなときにこそ、心からこの歌をうたう心を持たせてください。そしてそのためにも、今この歌をうたわせてください。このように思わされています。
先週月曜日、2日にアメリカ・ペンシルベニアの学校で銃の乱射事件があり、5人の女の子が死亡しました。死亡したのは、アーミッシュの子どもたちでした。なお犯人はすぐに自殺をしました。彼はアーミッシュではありませんが、この地域に住んでいる人でした。アメリカのテレビニュースは、この事件を毎日のように繰り返し報道しています。
わたしは、この事件が何度も報道されるのを見て、アーミッシュという、現代的な生き方を拒否する人たちの集団のなかで起こった事件のためかと思っていました。アーミッシュという、現代離れした人たちへの好奇心のようなものがあるのかなと思っていました。テレビの映像では、男性たちが幅広の帽子をかぶり、あごひげを生やし、黒いズボンをはいている様子や、村のなかを馬車が行く様子とかが映っていて、テレビ局の記者は村を少し離れたところから報道をしていました。それは、撮影されるのを嫌がる村人を配慮した映像のようです。
でも、昨日の新聞を読んで、自分の感じ方の浅はかさを思わされました。報道が繰り返されているのは、アーミッシュへのいいかげんな興味のようなものではないと気づかされました。新聞には次のように書かれていました。「一般に『力』が信奉される米国で、悲嘆にくれる中にも暴力を赦しで包み込む生き方に、アメリカメディアは『慈悲の深さは理解を超える』『女の子の驚くべき勇気』などとして報道している。」
事件が起こり、女の子たちが銃で撃たれるとわかったとき、13歳の子が「わたしから撃ってください」と進み出たのでした。そして続けて11歳の子が、「その次はわたしを」と進み出ました。13歳の子は亡くなり、11歳の子は病院で意識を回復したということです。話はそれで終わらず、アーミッシュの人たちはその日の夜に、亡くなった犯人の家族を訪問し、赦しを伝え、手を差し伸べたのでした。アメリカのニュース番組がこの事件を大きく取り上げている理由は、このように、自己犠牲と愛がおこなわれたことへの驚きのようです。9・11以降のアメリカの空気というか、人々の心の中に、まったく違う価値観、生き方が示されたことへの驚きではないでしょうか。
アーミッシュという、自動車はもちろん、電気さえも使わないという生き方は、わたしたちにとって、変わっているとしか思えない面があるのは確かです。しかしそのような彼らが頑なまでに守っているものは、決して外見的なスタイルだけではないと、わたしは知らされました。それは、もっと内面的な信仰とそこから出てくる愛と赦しの生き方だということです。
今日お読みいただいた聖書の箇所は、コロサイの信徒への手紙です。この手紙は1章1節に「キリスト・イエスの使徒とされたパウロと兄弟テモテから」と書かれており、パウロが書いた手紙とされていますが、実際のところはよくわかりません。ただパウロに極めて近い人であるのは確かなようです。また、これはフィリピの信徒への手紙などと同じように、獄中書簡であると考えられています。捕らえられ、牢に入れられているときに出された手紙なのです。
パウロはフィリピの信徒への手紙において、自分が受けている苦しみについて述べ、しかし自分はそれにもかかわらず、喜ぶのだと言っています。またフィリピの教会の人々に向かって、「喜びなさい、重ねて言います。喜びなさい」と語りかけ、そしてさらに、「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです」と言っています。
パウロはまた他の箇所でも、例えばローマの信徒への手紙では、「艱難をも喜んでいる」と言っています。コロサイの信徒への手紙もまた、同じように述べており、今日読んでいただいた1章24節には、「今やわたしは、あなたがたのために苦しむことを喜びとし」とあります。このように、パウロは繰り返して苦しむことを喜ぶと語ります。
それは、ひとことで言えば、それによってキリストに倣う生き方をすることになるのだという理解があります。マルコ8章にあるように、主イエスは、「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と教えられました。これは十字架という受難の出来事だけを意味しているのではありません。主イエスの生涯は弱くされた人たちと共に生きるものであり、そのことによって多くの人たちから侮蔑を受けられたことを思えば、キリストの歩まれた道に従うことは、常に苦しみを背負うことになるのだと思います。
ポーランドの作家シェンキェヴィチが1895年に書いた「クォヴァディス」は、ペトロの働きとその殉教がテーマになっています。この小説はもちろんフィクションでありますが、初代教会の人々がどのような信仰の戦いをしたのかが、よく伝わってくる名作です。「キリスト教徒を獅子に喰わせろ」、このような言葉で始まる章で、人々はぶどう園の小屋に集まっています。彼らは苦しみに耐えかねてつぶやきます。ある女性は、迫害によって連行されたであろう息子を返してくれと言い、ある人は、役人たちが自分の娘を連れて行ったと訴え、また別の人は、自分には帰る家もないと訴えます。何人もがそのようにつぶやいたあとで、ペトロが言います。「どうしてあなた方は嘆くのです。・・神ご自身が甘んじて呵責と死をお受けになったのに・・あなた方の前にあるのは死ではなくて生だ。苦しみではなくて滅びない喜びだ。涙や嘆きではなくて歌だ。」
このように、キリストが受けられた苦しみを思うことをペトロは人々に勧め、彼らは試練に耐えていきます。山形謙二さんの「隠されたる神」のなかに、ジョニー・エレクソンという女性のことが書かれています。1967年、17歳のとき、海岸でダイビングを楽しんでいた彼女は、誤って浅瀬に飛び込み、首の骨を折ってしまいます。首の下の一切の自由がなくなった彼女は、死を願います。しかし自分の力で死ぬことさえできません。神がおられるならば、どうしてこのようなことになったのかと考えます。そして、あらゆる哲学書などを読み漁りますが、答えは見つかりません。その間の苦闘がどれほど大変なものであったかは、想像を絶するものがあると思います。そのような状態はおよそ3年間続いたということです。
そしてあるとき、彼女はこれまでの思いが一挙に覆されるような言葉に出会うのです。それは、彼女の友人が口にしたひとことでした。「十字架上のイエス様もあなたと同じ四肢麻痺だったのよ」という言葉でした。この言葉によって立ち直った彼女は言っています。「わたしは四肢麻痺です。これは恐ろしいいやなことです。でも、それでもなお神はわたしを用いてくださるのですか。こんなわたしでもなお神を礼拝し、神を愛することができるのですか。そうだ、できると神はわたしに教えてくださったのです。」
日本キリスト教団の聖書日課は、本日の聖書の箇所として、お読みいただいたコロサイの信徒への手紙1章のほかに、マルコ14章のゲッセマネの祈りの場面などを指定し、「苦難の共同体」という見出しをつけています。主はゲッセマネの祈りにおいて、「この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と祈られました。この祈りは、キリスト者が倣うべき祈りです。そして教会も、そこに集う者も、苦難の共同体として、自分の十字架を負い、従うべきことが教えられているのです。
コロサイ1章24節に、「今やわたしは、あなたがたのために苦しむことを喜びとし」とありました。この24節は、古くから人々を戸惑わせてきました。どうも解釈の難しい箇所だからです。まず、「あなたがたのために苦しむ」とはどういうことでしょうか。これをこのまま読むと、コロサイの人たちが原因でパウロが苦しんでいるように思えます。
また24節の後半には、「キリストの体である教会のために、キリストの苦しみの欠けたところを身をもって満たしています」と書かれています。これも多くの人を戸惑わせてきた言葉です。パウロが、信仰をもって苦しみを積極的に受け止めていこうとしたのは理解できるとしても、「キリストの苦しみの欠けたところ」という言葉を言い換えれば、キリストの苦しみはまだ不十分だということになりかねません。
江口武憲という牧師は、この箇所を意訳して、「わたしの肉体におけるキリストの苦しみのなお足りないところを満たしていく」と訳しています。そして次のように解説しておられます。「主イエスの苦しみと死を思う。その愛と恵みとを思う。そうすると、申しわけないという思いでいっぱいになる。じっとしていられない。自分は苦しみ方がまだ足りないと思う。自分は教会のために、もっと苦しまなければならないと思う。その思いが1章24節の言葉に結晶する。」
本田哲郎神父も、この箇所を、教会がキリストの苦難を共有し足りない分を、この身で代わって補っていると訳しておられます。キリストの苦しみが不十分なのではなく、わたしたちがその苦しみを共にするに至っていないという理解です。先ほどの、「あなたがたのために苦しむ」という言葉も、本田神父の訳にしたがうと理解できます。つまり、自分が今受けている苦しみは、あなたがたと苦難を共有するためだということです。本田神父はこの箇所を次のように訳しています。「わたしは、苦しみを受けることで、あなたたちのためになっていることを、今、喜んでいます。わたしは、キリストの体すなわち集会の側の、キリストの苦難を共有し足りない分を、この身で代わって補っているわけです。」
苦しみということを、今一度考えておきたいと思います。わたしたちが受ける苦しみは多種多様です。肉体の苦しみ、病という苦しみがあります。人間関係から起こってくるものがあります。社会的な抑圧や不幸から来るものがあります。さらにまた、罪という大きな重荷を背負うことによってくる苦しみがあります。自分自身のうちなる罪に対する自責の念や、また、他者の罪を赦すことができない苦悶があります。
最初に紹介したアーミッシュの村での事件で、村人たちは事件が起きたその日に、犯人の家族に対して赦しの手を差し伸べました。この人たちは、ごく自然にそのことをなさったのだと思います。でもどうでしょうか。仮にわたしたちがそこにいたとすれば、赦すということは、どんなに大きな苦しみを伴うことでしょうか。
考えてみれば、復讐をすることよりも赦すことのほうが、はるかに難しく、苦しみを伴うものだと思います。けれども主イエスは、敵を愛するようにと教えられました。敵を憎むことのほうがはるかに簡単なことなのに、主イエスは「敵を愛し、迫害するもののために祈れ」と教えられたのでした。それは、キリスト者に与えられた光栄ある苦難の道だということが出来ます。
今日お読みいただいた箇所の直前、20節には、御子イエスが「その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました」と書かれています。そして続く21―22節でも、「あなたがたは、以前は神から離れ、悪い行いによって心の中で神に敵対していました。しかし今や、神は御子の肉の体において、その死によってあなたがたと和解し、御自身の前に聖なる者、きずのない者、とがめるところのない者としてくださいました」とあります。ここで重要なテーマは、和解ということです。言い換えれば、赦しです。神さまは、すべての人に仕える者としてキリストをわたしたちに与え、わたしたちの罪を赦してくださった。それゆえ、わたしたちもまた、そのようにするのです。
クォヴァディスの話をしました。物語の終わりの方で、ペトロは迫害から逃れるためにローマをあとにして出立します。ところがそのとき、ペトロは明るい光の玉のようなものが、高みから降りてきて近づいてくるのを見ます。それは復活の主イエスでした。ペトロは主イエスに尋ねて言います。「クォヴァディスドミネ」、「主よ何処へ行きたもう」という意味です。このペトロは問いに対して、復活の主イエスは答えられます。「汝、わが民を棄つるとき、我ローマに往きて再び十字架にかけられん。」
このように復活の主に出会ったペトロは、逃れるのをやめて、ローマに戻り、そこで逮捕され、処刑されます。ペトロが処刑されるときの最後の言葉は、「都と世界に祝福を与える」というものでした。すなわち、世界に対する赦しの宣言でした。これはまったく小説上のことであり、ペトロの最後がどのようであったかはわかりません。逆さ十字にかけられたと言われますが、これも伝説でしかありません。本当のところはわかりません。けれども、初代教会とそこに生きた人々が、愛と赦しに生きるために苦しんだこと、そしてそのことのゆえに、多くの人たちが心動かされ、キリストの道を歩むようになったことは、間違いなく事実です。
(2006年10月8日 礼拝説教)
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