番町教会説教通信(全文)
2005年7月 「ソロモンの祈り」               牧師 横野朝彦

歴代誌下6・12―21

本日の礼拝は、キリスト教ラジオ放送FEBCが録音をしています。FEBCが番町教会の礼拝を録音するのはこれで2度目になります。このような機会が与えられましたことを嬉しく思います。わたしはFEBCで「信仰のないわたしを」という番組をずっと続けてまいりました。今年の9月末まで続ければ、まる7年になる予定でした。ところが、先月、少々体調を崩しまして、無理をお願いをして、しばらく休ませていただくことにしました。本当にご迷惑をおかけしてしまいました。「信仰のないわたしを」という番組は、お話の時間は約10分間の短いものです。裏話のようなことを申しますが、番町教会の正午礼拝で語ったことをそのまま用いさせていただいたり、礼拝説教で語ったことを要約したり、あるいは、いろんな方からいただいた質問に答えるということをしてきました。放送を聴いたかたがFEBCに手紙やメールを送られ、そこに書かれていたことにわたしが答えるというようなことも何度かしました。

このように質問をくださるかたや、感想をくださるかたのなかには、教会という目に見える組織や目に見える交わりの中で躓いてきた人が多いが多くおられました。「献金や出席人数ばかりが問題にされ、まるで営業成績のようだ」という相談がありました。「牧師が、教会員や役員の意見を聞こうとしない」という意見もありました。そうかと思えば、「教会のなかで人を激しく非難する言葉を聴き、体が震えた」という人がいました。人を非難する言葉を聞くのがいやで、自分は礼拝が終わったらすぐに帰るという人もいました。多くの人の真剣な悩み、そして苦しみをわたしは聞いてきました。そして、残念ながらこのようなことはどこの教会でも大なり小なり、程度の差はあってもどこでも起こっているのです。正直申し上げて、この教会も例外ではありません。人間社会でおこっていることは、教会にも同じように起こっています。

FEBCの放送で、「信仰のないわたしを」という番組を担当してきたと申しました。そもそもこのタイトル自体が、自虐的とでも言いましょうか、おかしく聞こえるかも知れません。わたしはこのタイトルを、マルコによる福音書9章から取りました。一人の父親が息子の病気を癒して欲しいと主イエスに頼みます。そして、「おできになるなら、わたしどもを憐れんで助けてください」と言うのです。「おできになるなら」、父親は最初こんな言い方をしています。これに対して、主イエスが「できればと言うのか」と問い直されたとき、父親は叫ぶのです。「信じます。信仰のないわたしをお助けください。」「信じます」という言葉、「信仰のないわたし」という言葉、これは言葉の上だけでは矛盾しています。しかし、わたしはこの言葉がとても好きです。「わたしは信仰があります」とか、「わたしは自分に自信があります」ではなく、弱さを自覚し、信仰のなさを自覚してて叫ばれたこの言葉に、わたしは人間の真実を感じているのです。

そして、わたしは、FEBCの番組をこれまで続けてくるにあたり、心にとめてきたことは、教会という場所で傷ついたり、躓いたりしている人たちに話を聞いて欲しいということでした。自分は立派な信仰を持っていないと思っている人、自分のようなものが教会に行っていてよいのだろうかと思っている人、あるいはまた教会に対して何か疑問を持っている人、そんな人たちに聴いていただきたいと思ったのです。 

わたしたちは今、教会に集まって礼拝をささげています。聖書を読み、聖書をとおして語っておられる神さまの言葉を聴き、また同じ信仰の友や、あるいは信仰を求める友を兄弟姉妹として与えられています。そして、信仰者として生きたいと願っています。聖書はわたしたちに多くのことを教えてくれています。わたしたちの教会の今年の主題聖句は、第一テサロニケ5章から、「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい」です。このように生きたい、信仰者としていつもこのようでありたいと願います。あるいは、コロサイ書3章に教えられているとおり、わたしたちは、「何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい」と勧められています。山上の説教で主イエスは、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と教えておられます。あるいはまた、わたしたちは主の祈りで「我らに罪を犯す者を、我らが赦すごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」と祈っています。

わたしは今、聖書に教えられている御言葉の本当にごくわずかを引用しただけでありますが、ではわたしたちはこのように生きているでしょうか。残念ながら、喜ぶことをいつも忘れ、祈ることを忘れ、感謝することを忘れています。何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行うなどとんでもないことで、これはこれ、それはそれというように、信仰と生活とを切り離してはいないでしょうか。「我らに罪を犯す者を、我らが赦すごとく、我らの罪をもゆるしたまえ」ではなく、我の罪は赦してくれ、我らに罪を犯す者については、まず謝れば、赦してやってもよいという態度ではないでしょうか。

以上のようなことを言うと、いったい教会ってなんなんだろうと思われるかも知れません。今日初めて教会に来られたかたがここにおられるならば、なんだと思われることでしょう。わたしは今、冒頭から教会が抱えている問題とか、あるいは教会に来ていながら、あいかわらず信仰的に生きることができないでいるわたしたちの現実について、喋りすぎたのかも知れません。しかしながら、教会というのは、ある意味で出発のときから、人間的には不充分なものたちの集まりであり、信仰的にも完全とは言えないものたちの集まりなのです。新約聖書のコリントの教会に宛てた手紙などを読んでいると、コリントの教会のなかに派閥争いのようなものがあることがわかります。ある人はパウロ先生につくと言い、ある人はアポロ先生につくと言っています。このことをパウロは叱責しています。そもそもこの手紙が書かれた理由が、コリントの教会のなかにある混乱をなんとかしようとしたものです。

教会とはなんなのでしょうか。教会とはどのようなところなのでしょうか。使徒信条には、「聖なる公同の教会」と信仰告白されています。「聖なる」というと、人格高潔で、間違いなどなにひとつしないと思われるかも知れません。でも、その意味では、教会はそれ自体が聖なる存在ではありませんし、そこに集まっている人間も聖なるものではありません。

ところが、コリントの信徒への手紙1章を読むと次のような挨拶文で始まっています。「コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。」手紙の相手であるコリントの教会の人々を「聖なる者とされた人々」と言っています。ところがそれでいて、挨拶が終わるとすぐにパウロは、舌鋒鋭く、「あなたがたの間に争いがあると聞いている」と指摘しているのです。ということは、ここで「聖なる」とは、コリントの教会の人々が誤りない正しい人々だということではなく、また人格高潔で争いなどしない人だというのではなく、そういった過ちや問題を抱えていながら、なおかつ「聖なる者とされた」と言っていることがわかるのです。

「聖なる」とは、もともと旧約聖書以来、ひとつの意味があります。それは、ある目的のために選び分かたれるという意味です。別の言い方をすれば、ある目的のために召し出されるということです。つまり、「聖なる」という言葉は、そこに神さまから賜物が与えられ、使命が与えられているという意味があるのです。主イエスはガリラヤ湖で働く漁師たちや、収税所で働く人たちを弟子とされました。彼らが人格的に立派だったからではなく、信仰的に立派だったからではありません。そうではなく、彼らはその点ではまったく不充分であったけれども、神の国の福音を宣べ伝えるための使命が与えられたのでした。まさにその点で彼らは「使徒」と呼ばれ、聖なるなのです。コリントの教会もまた、教会のなかには混乱があり、人間的な争いがありました。しかし彼らもまた「召されて聖なる者とされた人々」でした。

今日は、旧約聖書歴代誌から、ソロモンの祈りを読んでいただきました。ソロモンはエルサレムの都に神殿を建設します。そこで彼は神さまに祈りをささげるのです。今日読んでいただいたのは、神殿奉献式におけるソロモンが祈った祈りとされるものです。そこで彼は祈って言います。「神は果たして人間と共に地上にお住まいになるでしょうか。天も、天の天も、あなたをお納めすることができません。わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません。」神殿を作り、その奉献式のときに、神さまは人間が建てた住まいにお住まいにはならないし、わたしが建てたこの建物などは神さまにふさわしくないというのです。これは大変な言葉です。

ソロモンといえば、なによりも、主イエスが山上の説教において語られた言葉、「しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」を思いおこされることでしょう。ソロモンの時代の繁栄ぶりは、長く言い伝えられ、知られていました。ソロモンは古代のイスラエル王国第3代目の王様です。初代の王がサウル、次がダビデ、そしてソロモンと続きます。ソロモンと言えば、3つの点で覚えられるべき存在だと思います。一つはソロモンの知恵です。それがどれほど素晴らしい知恵であったかは、シバの女王がソロモンの名声を聞き、あらゆる難問をもってソロモンを試みたけれど、ソロモンはそのすべての問いに答えたとあります。また、二人の女性がひとりの子どもをめぐって、どちらも自分の子どもだと主張をしている、そこでソロモンがくだした裁判の話は、まるで大岡裁きの原型といってもいいものです。

このようにソロモンは知恵に富んでいました。しかしソロモンはそれで充分王さまとしての資質を持っていたのでしょうか。そうではありません。ソロモンと言えば、3つの点で覚えられるべき存在だと申し上げました。ひとつは知恵の素晴らしさ、あと二つあります。それはその時代の繁栄です。これは主イエスが山上の説教で、「栄華を極めたソロモン」と言っておられることからもわかります。でも、それは誉め称えられることなのでしょうか。実はそうではありません。ケセン語聖書を訳された山浦玄嗣さんはこの箇所を、「栄華にあまった」という言い方をされていました。つまり、繁栄はしたもののそのために驕り高ぶったというような意味合いが込められているというのです。ソロモンの時代の繁栄は、まさに驕り高ぶったものがありました。王の宮殿の家具、食器などはすべて金で出来ていて、銀製のものは値打ちがないと思われていたほどでした。

ソロモンについて覚えられるべきもうひとつのこと、それは今申した驕り高ぶった繁栄と関係があります。それらの富や財宝が、すべて外国との貿易によって得られたものでした。外国との貿易、それ自体が悪いのではありません。問題はそのことによって、ソロモンが神さまのことを忘れ、外国の神々を受け入れてしまったということなのです。そのような宗教的な過ちをソロモンは犯しています。

ソロモンは立派な王さまであったと申したいところですが、実際には、正反対であったとさえわたしには思えます。そして、ソロモンが神殿奉献式で祈った「わたしが建てたこの神殿など、なおふさわしくありません」という言葉は、謙遜でもなんでもなく、実際そのとおりであったとさえ思えるのです。

ソロモンが建てた神殿、それは実に壮大なものだったと言われるのですが、本当のところはどうだったのでしょうか。ソロモンの宮殿は、家具も食器も全部金製品でした。豪華絢爛で、驕り高ぶっているとしか言いようがない宮殿でした。そして一説によると、神殿は、わたしたちが考えているような壮大なものではなく、ソロモンの宮殿の付属礼拝堂のようなものであったとも言われているのです。そんなことを考えると、立派な神殿ができたと、あまり自慢できることではなく、まさに神さまがお住まいになるなどできないものだったのです。

ここで、聖書学的なところを少しお話をします。実のところ、今日のこの箇所は、ソロモンが祈った祈りを、誰かが筆記して書き残したものではありません。この文書、もともとは列王記上8章に同じ話があり、歴代誌は列王記をもとに書かれたものでありますが、これらの文書が書かれたのは、時代的には神殿建設よりもずっと後のことなのです。列王記がまとめられたのは、北王国イスラエルが滅んだ後のことです。南王国ユダも危機にさらされています。そしてこの後エルサレム神殿さえも崩壊し、バビロン捕囚から帰った人々は、第二神殿の建設をはじめています。歴代誌がまとめられたのはそれよりずっと後です。

つまり、ソロモンの祈りは、ソロモン自身の祈りなのではなく、北王国をなくし、南王国も危機にさらされている状況のなかでなされた祈りなのです。そこでは、人間の驕り高ぶりや、争いのなかで、神殿が神殿として機能せず、まさしく神さまがお住まいになるにはふさわしくない場所になっている現状が語られています。「天も、天の天も、あなたをお納めすることができません」という言葉は、全能の偉大な神さまがこんな小さなところには入れないという、そういう意味もあるでしょうが、それだけではなく、人間の造った神殿が、人間社会のなかで粗末にしか扱われていない現実を語っているわけです。

しかし、だから仕方がないとか、嘆いているわけではありません。今日の箇所は、そのような人間の歴史と社会の弱さ、現実を述べつつ言うのです。20―21節、「そして、昼も夜もこの神殿に、この所に御目を注いでください。ここはあなたが御名を置くと仰せになった所です。この所に向かって僕がささげる祈りを聞き届けてください。僕とあなたの民イスラエルがこの所に向かって祈り求める願いを聞き届けてください。どうか、あなたのお住まいである天から耳を傾け、聞き届けて、罪を赦してください。」

このように、歴史と社会が神さまから遠く離れていたことをまったく正直に認めながら、神さま、ここはあなたが御名を置くと仰せになった所ですと、神さまの約束に依り頼み、人間の弱さや罪深さにもかかわらず働いてくださる神さまに祈り求めているのです。そして、「耳を傾け、聞き届けて、罪を赦してください」と赦しを祈り求めているのです。また16節にも、「ダビデに約束なさったことを守り続けてください」と述べ、神さまの律法に従って歩みますという決意が語られています。このことを言い換えれば、これまでの歴史と社会が、神さまを忘れ、律法に従って歩むことをしてこなかった、それゆえに、北王国は滅び、南王国も危機にさらされ、神殿が壊されてきたという自己反省です。

聖書の歴史は、神さまの栄光の歴史ではあって、人間の栄光の歴史ではありません。ソロモンの建てた神殿さえ、充分なものではありませんでした。そして、教会もまた、決して理想郷ではなく、美しいところではありません。しかし、そのような人間的な集まりであっても、今日の祈りにあったように、「ここはあなたが御名を置くと仰せになった所」なのです。そして、主イエスは、「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」と言ってくださったのです。

立派な二人、立派な三人ではありません。欠けだらけの、弱いわたしたちが、主イエスの名のもとに集まると、主はそこにいてくださり、赦しを与えてくださり、そして「互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」という使命を与えてくださるのです。また、「赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたも同じようにしなさい」という使命を与えてくださるのです。この使命を与えられて召し出され、まさしく聖なる者とされているのが教会です。

(2005年6月26日 礼拝説教)