番町教会説教通信(全文)
2005年4月 「復活の朝」                 牧師 横野朝彦


ヨハネ20・1―10

主のご復活をお慶び申し上げます。イースターの礼拝を共に守ることができて、嬉しく思います。

キリスト教の教会は、日曜日の朝に礼拝を行っています。教会によっては、朝と夕の2回おこなっていますし、またさまざまな事情によって他の時間に行っているところもありますが、本来日曜の朝に行うのが基本です。それはなぜなら、日曜日の朝が、主イエス・キリストの復活を記念するときだからです。

礼拝は皆が集まりやすい曜日と時間帯を選んでおこなっているのではありません。そうではなく、日曜の朝ごとに主の復活を記念し、賛美し、わたしたちもまた新しく生きる力をいただこうとするからです。わたしたちは、このように10時30分から礼拝を持っています。でも本当のところは、もっと朝早く、夜明けころにおこなうのが正しいのではないかと思うことがあります。わたしの若い頃の思い出のひとつは、住んでいた市内の教会が合同でおこなうイースターの早朝礼拝でした。小高い丘の上の公園でおこなわれ、それが終わってから、わたしは自分の教会の教会学校の礼拝に出席しました。そのときのさわやかな、そしてうきうきとした気持ちは今も記憶に残っています。

ディートリッヒ・ボンヘッファーは、その著「共に生きる生活」のなかで、次のように書いています。「新約の教会の一日は、早朝の日の出に始まる・・それは成就の時、主の復活の時である。・・キリストが十字架上で苦しみを受けて死なれた時、昼は夜となった。しかし、イースターの朝早く、キリストは勝利者として、墓から起き出られた。・・朝早い時間は、復活のキリストの教会のものである。夜明けと共に、教会は、死と悪魔と罪とが克服され、新しい生命と救いとが人間に贈られたあの朝を思い起こすのである。」 ボンヘッファーの言葉をそのまま使うならば、教会は、「あの朝」を思い起こしつつ、日曜日の朝に礼拝を守っているのです。

では、「あの朝」とはどんな朝だったのでしょうか。水野源三さんは、「こんな美しい朝に、主は、主は、甦られた」と歌に歌われました。わたしはこの歌が好きで、イースターになるといつも思い出します。「空には、夜明けとともに、ひばりが鳴き出し、野辺にはつゆに濡れて、すみれが咲き匂う。」本当に気持ちのよさそうな朝の光景です。しかし残念ながら、「あの朝」はこのような美しさとは少々違ったと思えます。水野さんの歌はいかにも日本の田舎という印象を受けます。それは良いとしても、あの朝は、このような自然の美しさを味わうようなゆとりもないほどに、混乱した状態だったとわたしには思えます。そしてまた、その出来事も、まだ日も昇らぬ、暗いうちのことでした。

今朝読んでいただいたヨハネによる福音書20章には、「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った」と書かれています。週の初めの日とはつまり日曜日のことです。そしてそれは、朝早く、まだ暗い時間でした。それは、まだ闇が支配していた時間であると言うことができます。それはわたしの勝手な読み込みではありません。ヨハネによる福音書の著者ヨハネは、夜とか闇という言葉を、単に時間とか、空の明るさを表わす言葉としてではなく、もっと内面的なものを言い表すために用いています。

例えば、今日の箇所の直ぐ前のところ、主イエスが十字架から降ろされ、埋葬される場面で、「そこへ、かつてある夜、イエスのもとに来たことのあるニコデモも、没薬と沈香を混ぜた物を百リトラばかり持って来た」と書かれています。「かつてある夜、イエスのもとに来たことのあるニコデモ」と、これはヨハネ3章の、「ニコデモという人がいた。・・ある夜、イエスのもとに来て」という話しを受けての言葉なのですけれど、一人の人物の紹介をするには、「かつてある夜」とは面白い言い方です。これは夜という言葉をとおして、ニコデモが密かに主イエスに会いに行ったことや、彼自身の心の闇や罪をあらわしているというのが定説です。

もう一箇所紹介すれば、ヨハネ13章で、イスカリオテのユダが裏切りを決意する場面があります。そこにはこう書かれています。「ユダはパン切れを受け取ると、すぐ出て行った。夜であった。」そしてまた、ヨハネ12章46節で主イエスは、「わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た」と言っておられます。このようなことから、今日の箇所で「朝早く、まだ暗いうちに」というのが、ただ単に時間や明るさを言っているのでなく、人生の闇のようなものを表わしているのは明らかです。

「週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。」マグダラのマリアの心のなかは、いまだ闇が覆っていました。慕ってきたイエス先生を仲間の弟子たちが裏切り、先生は捕らえられ、そればかりか十字架につけられてしまった。悪夢のような思いだったことでしょう。これから自分はどうしていけばよいのか、何も分からない、ともかく先生の近くに行こう。そう思って彼女は墓に向かったのでした。他の福音書によれば、マリアは主イエスの体に香料を塗るために出かけたとのことです。実際はどうだったのでしょうか。ヨハネは彼女が墓に行った理由を何も書いていません。そのことはかえって、彼女が主のそばに行きたいと願っていた気持ちをよく表わしているように思えます。愛するイエス、慕ってきたイエスが十字架にかけられた。まさに彼女の心は、まだ暗かったのです。

そんな彼女が墓に着いたとき、彼女は不思議な光景を目撃します。墓から石が取りのけられていたのです。この当時、この地方での墓は、横穴の洞窟のようなところに、大きな石を扉のようにして蓋をしたものでした。その石が取りのけられ、洞窟が開いていたのです。ところが、そこから先が、とてもおかしいというか、今日読んでいただいた箇所は、とても混乱した状況が書かれていると思います。墓の石が取りのけてあるのを見たマリアは、驚いてもと来た道を引き返し、シモン・ペトロたちのところへ走っていきます。彼女は、墓のなかを覗いてみたのでしょうか。彼女は、「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません」と報告をしています。

そこから先がさらに不思議です。報告を聞いたのは、シモン・ペトロと、もう一人の弟子でした。このもう一人の弟子というのが誰なのかよくわかりません。ただ、ヨハネによる福音書にしばしば出てくる人で、主イエスの愛を特に受けていたように書かれています。そのために、学説によれば、シモン・ペトロがエルサレム教会を代表する存在であり、もう一人の弟子とは福音書記者ヨハネの教会を代表する人物だと理解するなど、いろいろと想像されています。でも今はそのような難しいことを考えるのは止めにしましょう。わたしはむしろ、混乱した状況だけを読み取っておけばよいように思います。

その混乱ぶりをちょっと見ておきます。「そこで、ペトロとそのもう一人の弟子は、外に出て墓へ行った。二人は一緒に走ったが、もう一人の弟子の方が、ペトロより速く走って、先に墓に着いた。身をかがめて中をのぞくと、亜麻布が置いてあった。しかし、彼は中には入らなかった。続いて、シモン・ペトロも着いた。彼は墓に入り、亜麻布が置いてあるのを見た。イエスの頭を包んでいた覆いは、亜麻布と同じ所には置いてなく、離れた所に丸めてあった。それから、先に墓に着いたもう一人の弟子も入って来て、見て、信じた。」 

マグダラのマリアの報告を聞いたペトロともう一人は、すぐさま墓に向かいます。二人とも走って行きます。もう一人の弟子のほうが先に到着するのですが、墓の中には入りません。後で到着したペトロが墓に中に入り、墓が空であるのを確認します。そしてその後でもう一人の弟子が中に入るのです。そして、彼は「見て、信じた」ということです。でも、いったい何を見たのでしょうか。復活の主を見たのではありません。墓が空であることを見ただけです。信じたとは何を信じたのでしょうか。主が復活されたことを信じたのでしょうか。それとも、「主が墓から取り去られました」というマリアの報告をようやく信じたということでしょうか。一般には、彼はこのとき主の復活を信じたと考えられています。でも、その直後の9―10節に、イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかったのである。それから、この弟子たちは家に帰って行った」と書かれているのを読むと、結局彼らはともかく首をかしげながら帰っていったとしか思えません。

今日読んでいただいた聖書の箇所には、「復活する」という見出しがついています。この見出しは、日本聖書協会がつけたもので、もとからあったものではありませんけれど、今日の箇所が主の復活の記事であるのは間違いありません。でも、どうでしょうか。お話をしたように、この箇所ではまだ主の復活は明確になっていないのです。わかったことといえば、墓が空であったこと、そしてマリアも、ペトロも、もう一人の弟子も、混乱してしまっているということだけです。ヨハネによる福音書で、主の復活がはっきりと描かれるのは11節以下です。いったん報告に戻ったマリアは、いつのまにか再び墓へやって来ています。そこで復活の主が姿を現してくださったのでした。そこからわたしが言いたいことは、20章1―10節は、復活の記事のようでありながら、実は復活の記事というよりも、まだ光が明けそめる前の、まだ暗いうちの出来事、それを言い換えれば、今まさに夜が明けようとしている、そのときの出来事が記録されているということです。つまり、1―10節は、まだ暗いところ、弟子たちはといえば、なんだかドタバタしている状況にわずかな光が差し込んできた、そういう場面なのではないでしょうか。

福音書記者ヨハネは、主イエス・キリストの復活を報告する記事を書きながら、まだここでは復活そのものではなく、人々の間にあった闇を描こうとしているように思えます。先週わたしたちは、受難週をすごしまして、毎朝早くに祈祷会を持ちました。そこでわたしは、越川弘英牧師が書かれた「十字架への道、復活からの道」という本を朗読させていただき、主の十字架の意味を味わいました。内容的にとても優れているだけでなく、朗読に適したとても素晴らしい書物でした。越川牧師のこの本をとおして強く教えられたことのひとつは、越川牧師の次の言葉に要約されていると思います。「レントをレントとして送ることによって、わたしたちは初めて、イースターをイースターとして迎える準備を整えることになるのです。イースターの朝、主と共に『新しいわたし』としてよみがえるために、わたしたちは滅ぶべき『古きわたし』を見きわめなければなりません。」

福音書記者ヨハネは、今日の箇所をとおしてわたしたちに、滅ぶべき古きわたしを見つめさせようとしているのかも知れません。話の内容としては実に混乱した様子が伝わるばかりです。最初に墓に行ったマグダラのマリアは、「主が墓から取り去られました」と弟子たちに報告しています。マリアはここで、主は甦られましたと告げたのではなく、墓が空であると、それだけを伝えています。彼女は主の体を誰かが持ち去ったのだと考えたのです。そのあとの混乱ぶりを描いたあと、ヨハネは、「イエスは必ず死者の中から復活されることになっているという聖書の言葉を、二人はまだ理解していなかった」と記すのです。

以上のように、ヨハネは主の復活を描きながら、その実は人々の心を覆っている闇のほうを描いているように思えます。そしてそこに差し込んでいるかすかな光の存在を、空虚な墓という形で言い表しているのです。

ディートリッヒ・ボンヘッファーが書き残したもののなかに、「朝の祈り」という祈りの言葉があります。この祈りはとても長いものですので、最初の部分だけをお読みします。「神よ、わたしは一日のはじめにあなたに呼びかけます。私を助けて、祈れるように、そしてわたしの思いをあなたに向かって集められるようにして下さい。わたしには、ひとりではそれができませんから。わたしのうちは暗い。しかし、あなたのみもとには光があります。わたしはひとりぼっちです。しかしあなたは、わたしをお見捨てになりません。わたしは臆しています。しかし、あなたのみもとには助けがあります。わたしは動揺しています。しかし、あなたのみもとには平安があります。わたしの中にはにがい苦しみがありますが、あなたのみもとには忍耐があります。わたしにはあなたの道が理解できません。しかしあなたは、わたしの道をご存じです。」 

この祈りは、「朝の祈り」という題がついているにもかかわらず、実のところまだ暗い闇のなかにいる自分を述べていることがわかります。わたしはひとりぼっちであり、わたしは臆しており、動揺しており、苦い苦しみがあるのです。けれどもそんなわたしであるけれど、あなたのみもとに光がある、それゆえわたしは見捨てられることなく、平安があり、忍耐があると、このように祈られています。ボンヘッファーは、ヒトラー暗殺計画に加わったというかどで逮捕され、処刑されました。

「朝の祈り」は、ボンヘッファーが獄中において書いたものです。ボンヘッファーの獄中書簡集「抵抗と信従」のあとがきには、次のような解説が書かれています。「ヒトラー政権下に生まれた獄中書簡の多くが、・・決別の書であるのに対して、ボンヘッファーの獄中書簡は、解放と自由へのゆるがない望みと確信に基づいて書かれている。」そればかりではありません。「朝の祈り」は、彼が自分自身のために書いた祈りではなく、ここには、「共に囚われている人たちのための祈り」という見出しがつけられています。

刑務所において、ほかの囚人たちはボンヘッファーに祈ってほしいと頼みました。そればかりか、刑務所の看守たちまでが、ボンヘッファーに祈ってもらうことを望んだということです。彼は自分のためだけに祈ったのではなく、獄中にいる人たちのために、そればかりか看守たちのためにも、さらにはその時代の人々のために祈ったのでした。それは、「わたしのうちは暗い。しかし、あなたのみもとには光があります」という祈りでした。

お話をしてきたように、今日読んでいただいた聖書の箇所は、マリアや弟子たちの混乱ぶりばかりが伝わってくるところです。時間はまだ朝早く暗いうちなのです。光が照るにはまだ少し時間がかかります。彼らは主の復活を語る聖書の言葉をもまだ理解していませんでした。彼らはいまだ不信仰な姿でしかありません。でもそんな不信仰な彼らに朝のほのかな光がさしはじめた、それが今日の箇所なのです。しかし考えてみれば、夜明け前、日の出にはまだ時間があるというときに、空はとても美しい色を見せてくれるときではないでしょうか。1―10節は、まだ暗い、そして混乱した状況でありながら、どこか美しさを秘めている、そんな場面だと思います。それはすなわち、わたしたちの世界の闇、わたしたち自身の不信仰という暗さ、悲しみや苦しみという夜の状況に、光が差し込み、空は美しい色を見せてくれていることなのです。

ヨハネは、1章で、「光は暗闇のなかで輝いている」と述べています。これも考えてみればおかしな表現で、光が輝けばもはやそこは暗闇ではないはずです。なのに光は暗闇の中で輝いていると言います。わたしたちは光を見るとき、その明るさだけにしか気付きませんが、実は、闇のなかでこそ光は輝いていることを思わされます。イースターの信仰とは、明るい光のなかで、主の復活の光を見ることではありません。むしろ暗さのなかで光を信じることです。闇を打ち破る光のあることを、信じえないときに信じ、望みえないときに望むことです。パウロもまたローマ4章で、「希望するすべもなかったときに、なおも望みを抱いて、信じ」るということを述べています。

わたしたちは、日曜日の朝の礼拝ごとに、主の復活を記念する礼拝を持っています。わたしたちには闇があります。恐れがあります。苦い苦しみがあります。しかし主の日の礼拝をとおして、わたしたちはこの時代の闇のなかで、ひとりぼっちとはならず、臆することもなく、平安と忍耐をもって歩む力を神さまから与えられるのです。それは、ボンヘッファーが「共に生きる生活」のなかで言ったように、「新しい生命と救いとが人間に贈られたあの朝を思い起こす」ことです。

(2005年3月27日、イースター礼拝説教)