番町教会説教通信(全文)
2004年8月 「立ち帰ることを求めて」          牧師 横野朝彦

エレミヤ36・1―8

 本日は8月第一の日曜日、日本基督教団ではこの日を平和聖日と定めています。平和について、常日頃から考え、祈らなければならないのは言うまでもありませんが、特にこの8月、わたしたちの国が歩んできた歴史や、戦火に焼かれたこと、さらにアジアの国々対して犯してきた過ちを、心に刻み、平和を心から祈り求めていきたいものです。

日本基督教団は、1967年、当時の教団総会議長鈴木正久の名で、「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を公にしました。教会によっては、今日の平和聖日の礼拝において、「戦責告白」を朗読しているところが少なからずあります。

「戦責告白」には、「まことにわたしども祖国が罪を犯したとき、わたしどもの教会もまたその罪におちいりました。わたしどもは『見張り』の使命をないがしろにいたしました」と書かれています。

「見張りの使命」とはなんでしょうか。見張りというのは、もともとは城壁に囲まれた町に建てられた塔の上から、敵の攻撃を見張っていて町の人に知らせるということです。でもここで言う「見張りの使命」とは、旧約聖書預言者たちが果たした役割のことを述べています。もっともはっきりとその役割を自覚していたのは、エゼキエルだと思います。3章と33章にそのことが明確に書かれています。33章7節。「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたが、わたしの口から言葉を聞いたなら、わたしの警告を彼らに伝えねばならない。」これはイスラエルの家、つまり神の民とされた人々が、神さまの御心から離れ、神さまから与えられた戒めを破り、間違った方向に向かっていることを警告するということです。それが預言者に与えられた見張りの使命でした。

今日読んでいただいたエレミヤ書にも、「見張り」ということが、何度か出てきます。31章では「見張りの者がエフライムの山に立ち、呼ばわる日が来る。『立て、我らはシオンへ上ろう、我らの神、主のもとへ上ろう。』」ここでも、見張りの者の役割が、ただ単に外的の襲撃を告げるということではなく、町の人々に向かって、「我らの神、主のもとへ上ろう」と呼びかけるところにあるというのが明らかです。人々が道を誤ったときに、それを指摘し、神さまの御心にかなう歩みをするように呼びかける。それが預言者たちの使命、見張りの使命でありました。

教会が、見張りの使命をこれまで果たしてきたのか、今果たしているのかと問われると、返答のしようのない難しさを思うのが正直なところです。しかし、そのことを使命とすることは忘れてはならないと思いますし、たとえ非力であっても、その姿勢を持ちつづけることが大切であると思います。

フランク・パブロフという人が書いた「茶色の朝」という本が昨年の12月に翻訳されて、出版されました。あまり話題になっていませんが、大変な売れ行きだそうです。

主人公である俺と、友人であるシャルリーが、なんとなく時の流れに身をまかせながら、深く考えることもなくお喋りをしています。シャルリーは、最近自分の飼い犬を安楽死させました。今はなんでも茶色がよいという時代に、シャルリーの犬は茶色ではなかったからです。町の自警団は、毒入りの肉団子を配布し、茶色以外の猫を処理してしまいます。殺すのではなく、処理するのです。主人公の俺は、「そのときは胸が痛んだが、人間ってやつは『のどもと過ぎれば熱さを忘れる』もんだ」と、深くは考えません。それらをやり過ごしてしまいます。そのうちに、読んでいた新聞も廃刊になります。読むのは、「茶色新報」です。

でも主人公は思うのです。「街の流れに逆らわないでいさえすれば、安心が得られて、面倒にまきこまれることもなく、生活も簡単になるかのようだった。茶色に守られた安心、それも悪くない。」

ところがそのうちに、シャルリーが逮捕されます。前に黒い犬を飼っていたためでした。そして最後の場面で、主人公の家のドアがノックされます。主人公が前に白黒の猫を飼っていたからです。主人公は「いやだと言うべきだったんだ。抵抗すべきだったんだ」と考えますが、それは、主人公の家のドアがノックされる日の朝、すべてが手遅れになってからでした。

この小説が言おうとしていることは、はっきりしています。この小説が書かれたフランスの読者にとってみれば、茶色というのは、ヒトラーに率いられたナチスの制服の色を連想させるものだったからです。この小説は、なにも昔のお話ではありません。フランスやヨーロッパ各国で、人種差別と排外主義をかかげる政党が急速に勢力をのばし、ネオ・ナチと呼ばれる人たちが公然と行動を始めていることを意識して書かれたものです。そしてそれは、今の日本のわたしたちにとっても、けっして他人事とか、よその国の話なのではないと思います。日本にも茶色の朝がせまっていると思えてなりません。

最近いやに気になる一つの風潮があります。それは、戦争をするのがイスラム教やキリスト教などの一神教で、日本の国が持ってきた多神教の考えは平和的だというそんな意見が聞こえることです。さらに、最近ある新聞の社説に、多神教は異なる宗教や価値観が共存することを考えさせてくれる、また草木一本にも神が宿ると考える、これはエコロジーである、木の枝や花は折らない、ゴミは捨てずに持ち帰る、そんな気持ちに自然にさせてくれると、こう書かれていました。わたしはこれを読んで、本当にあきれてしまいました。こういうことを、一人の人の意見として言うのはかまいませんが、新聞の社説に堂々と出るというのは、なんともお粗末です。しかしこれはお粗末というものではなく、これもひとつの時代の流れ、今の社会の風潮、日本の社会がしだいに一つの色に染まっているしるしなのだと思います。

わたしは、一神教が正しいとか、自分たちの宗教が正しいとかを、今ここで言うつもりはありません。水掛け論になるだけだと思います。キリスト教の名のもとに戦争が行なわれてきた事実は否定できません。でも、それでは多神教は平和的で、エコロジーだと言えるかというと、決してそんなことはありません。わたしがまだ若かったころに読んだ、深田裕介さんの小説には、日本の商社が、樹木を伐採し、マレーシアだったかの山林を丸裸にしている様子が描かれていました。富士山のような山でも、頂上付近は捨てられたゴミでいっぱいだと言います。

新約学者の田川建三さんが、今年の3月に「キリスト教思想への招待」という本を出されました。この本のなかで田川さんは、キリスト教やイスラム教は戦争ばかりやっているという趣旨の風潮は、日本の国が過去にやってきたことを忘れさせる麻薬的効果があると言っておられました。わたしはそのとおりだと思って読みました。

「茶色の朝」の本の後ろに、東大の教授で哲学者の高橋哲哉さんが、長文の解説を書いておられます。そのなかで高橋さんは、「わたしたちがすでに『茶色に守られた自由』のなかにいて、・・『茶色』の濃さを実感できずに、『それも悪くない』と感じているだけだとしたら、どうなるのでしょう。・・現代日本社会の状況を見るかぎり、近い将来、わたしたちが『茶色の朝』を迎えることはないと断言する自信は、残念ながらわたしにはありません。むしろそれは、十分ありうるシナリオのひとつだと思う」と言っておられます。そして、ひとつの色に染めようという動きのなかで、疑問や違和感を感じることを大事にしたいと言われます。

そしてこういうなかで、教会が、またキリスト者が、そしてわたしたちが、見張りの使命を持とうとすることは大事だと思います。どれほどのことも出来ません。わたしたちは非力だと思います。でも、信仰の立場に立ち、聖書のメッセージに聞きながら、今の時代の流れに疑問や違和感を持ちつづけることも、わたしたちキリスト者の大切な使命だと思います。少なくとも、「茶色の朝」の主人公と友人のシャルリーがしたように、なんとなく時の流れに身をまかせ、「茶色に守られた安心、それも悪くない」と思ってしまわないことだと思います。

平和聖日にあたり、今のこの時代について考えたいと思って話をしてきました。エレミヤ書に話を移したいと思います。エレミヤもまた見張りの役割を使命として与えられた預言者のひとりでした。エレミヤが預言者としての召命を受けたのは、紀元前627年のことでした。このとき彼はまだ18くらいの若者でした。それから、ユダの国が滅亡し、人々がバビロンに捕囚民として連れて行かれるということを目撃し、その後エジプトに連れて行かれそこで亡くなるまで、40年以上を預言者として過ごしました。それはまさしく激動の時代です。彼が預言者となったとき、南王国ユダの王はヨシヤでした。ところがヨシヤはエジプトの軍隊と戦って戦死し、そのあとヨアハズという人が王になりますが、エジプトは彼を王の位から引きずりおろし、ヨヤキムがエジプトによって王に立てられます。ところがそこへバビロン軍が攻めてきて、ヨヤキムは足枷をはめられてバビロンに連行されます。その後、ヨヤキン、ゼデキヤと王が立てられますが、結局ここで国は滅亡します。その様子を、エレミヤはずっと見つづけていたのです。

そして彼はその時代、その時代に、主なる神さまは言われると、主の御言葉を語りつづけたのでした。それはまことに厳しい言葉でした。エレミヤ書5章を読むと、「エルサレムの通りを巡り、よく見て、悟るがよい。広場で尋ねてみよ、ひとりでもいるか、正義を行い、真実を求める者が」と、正義を行い真実を求める者がひとりもいない現実を問うています。6章では、「身分の低い者から高い者に至るまで、皆、利をむさぼり、預言者から祭司に至るまで皆、欺く。彼らは、わが民の破滅を手軽に治療して、平和がないのに、『平和、平和』と言う」と書かれています。誰も皆が利をむさぼる、民の指導者たちは偽りの安心、見せ掛けの平和を与えているというのです。これとまったく同じ言葉は8章にも出てきます。

このように厳しい言葉を、エレミヤは歯に衣着せずに語ります。それは当然のことながら、人々にとってはうるさい言葉でした。茶色にそまるほうが楽で、本当の平和でなくても、平和だ平和だと言っているほうが自分の利益になる、そう思っているところへ、それは違うという人間があらわれ、11章11節にあるように、「見よ、わたしは彼らに災いをくだす」と預言者があらわれたのですから、これほどうるさい存在はありません。そのため、エレミヤの言うことを人々は聞こうとはせず、エレミヤは孤独に陥ります。

そしてエレミヤはついには、このような国が滅びるのは、これは神さまの御心である、この国は一度滅びなければならないとまで言うのです。一度滅びることが、真実生き延びる道なのだと考えるのです。それはある意味で危険な思想であり、それゆえ、エレミヤは逮捕され、投獄をされます。

しかし言うまでも無く、エレミヤは意味もなく人々の罪をあばいたのではありません。それには目的がありました。それはエレミヤ書のなかで何度も繰り返される言葉からわかります。それは「立ち帰る」ということです。エレミヤは、神さまの言葉を語り、神さまは人々が神さまのもとに立ち帰ることを求めておられると告げたのです。エレミヤ書全体に「立ち帰る」という言葉が実に17回も出てきます。いかに重要な言葉かということがわかります。そのうちのふたつを読みます。3章12節、「行け、これらの言葉をもって北に呼びかけよ。背信の女イスラエルよ、立ち帰れと、主は言われる。わたしはお前に怒りの顔を向けない。わたしは慈しみ深く、とこしえに怒り続ける者ではないと、主は言われる。」26章3節、「彼らが聞いて、それぞれ悪の道から立ち帰るかもしれない。そうすれば、わたしは彼らの悪のゆえにくだそうと考えている災いを思い直す。」

このように、エレミヤは神さまが人々の立ち帰ることを求めておられると、何度も何度も語りつづけたのでした。そしてこのような活動を40年以上にわたっておこなったエレミヤと、その活動、その言葉の記録されたのが、エレミヤ書なわけですが、今日読んでいただいた36章は、このエレミヤ書がどのようにして成立したかという、エレミヤ書の起源について伝える重要な歴史資料です。

36章1節にあるように、これはユダの王、ヨシヤの子ヨヤキムの第4年です。これはつまり紀元前605年から604年にかけての出来事です。このときに、神さまの言葉がエレミヤに臨みます。「巻物を取り、わたしがヨシヤの時代から今日に至るまで、イスラエルとユダ、および諸国について、あなたに語ってきた言葉を残らず書き記しなさい。」つまり、これまでエレミヤがおこなってきたことを、すべて書き残しなさいと、神さまはエレミヤに命じられるのです。そこで、エレミヤはバルクという人物を呼び寄せて、彼に口述筆記をさせたのでした。これがエレミヤ書成立の由来です。

それではなぜ、神さまはエレミヤにこのような文書を書き残せと言われたのか。それはどうやら、エレミヤが時の権力者、ヨヤキムらに睨まれて、公然とした活動ができにくくなっていたからではないかと思われます。それはエレミヤがバルクに語っている言葉でわかります。5節でエレミヤは、「わたしは主の神殿に入ることを禁じられている」と言っています。おそらく立ち入り禁止処分のようなものが出されていたのでしょう。そこでエレミヤは口述をし、バルクがそれを書きとめ、バルクが神殿でこれを朗読をして、人々に語り聞かせようとするのです。

そうまでして神さまの言葉を告げる、それは何故か。その答えは、3節と7節に出てきます。3節、「ユダの家は、わたしがくだそうと考えているすべての災いを聞いて、それぞれ悪の道から立ち帰るかもしれない。そうすれば、わたしは彼らの罪と咎を赦す。」そして7節にも、「この民に向かって告げられた主の怒りと憤りが大きいことを知って、人々が主に憐れみを乞い、それぞれ悪の道から立ち帰るかもしれない」と、ここでも人々が立ち帰ることを求めていることが明らかにされます。今日読んでいただいた箇所、わずか1―8節の短いところ、そしてエレミヤ書成立の由来が書かれたところで、2回も、これは、人々が立ち帰ることを求めてのことだと言われているのです。

エレミヤのこの願いはかなえられたでしょうか。残念ながら、そうではありませんでした。巻物は政府要人に回覧され、ついにヨヤキム王のもとにもたらされますが、王は配下のものに命じて巻物をすべて燃やしてしまいます。24節によれば、「このすべての言葉を聞きながら、王もその側近もだれひとり恐れを抱かず、衣服を裂こうともしなかった」ということです。

巻物はすべて燃やされたのですから、今わたしたちが手にしているエレミヤ書は、さらにもう一度書き起こされたものということでしょうか。このようにわたしたちが手にしているエレミヤ書は、まさにエレミヤが見張りの役割を果たし、わたしたちに立ち帰ることを求めて書き残したものなのです。24節に、王もその側近もだれひとり恐れを抱かずとありましたが、19節によれば役人達は、バルクとエレミヤに対して、すぐに身を隠しなさいと勧めています。このようなことを書けば、すぐにも弾圧されるだろう、さあ逃げなさいと勧めたのでした。役人たちのなかには、まだ良心を残している人がいたということでしょうか。

エレミヤはこのように、ユダの国の滅びの時代を生きた人です。王や指導者たちは、エジプトにつくか、バビロンにつくかと、大国にへつらい、自分たちの信仰を捨てることにためらいを持ちませんでした。そして大国にへつらって得られる安心のことを、平和だ平和だと言いました。エレミヤはその虚偽を見抜きます。そしてこのような国ならば、滅んだほうがよい、バビロンに敗れて、一度ゼロになったほうがよいと考えたのです。当然このようなことは、自分ひとりは安泰で、自分の身を守って言うことはできません。その意味で、エレミヤは、滅びの時代を自分を犠牲にして生きた人だということができます。

教会は、預言者たちの流れを受け継いで、見張りの使命を持っています。それはこの時代をしっかりと見つめ、偽りの平和ではなく、真の平和を告げ知らせ、愛の主、平和の主に立ち帰ることを求める使命です。

   (2004年8月1日 礼拝説教)