番町教会説教通信(全文)
2004年7月 「大いに慰められ」             牧師 横野朝彦

使徒言行録20・7―12

教会でよく言われる冗談のひとつに、「今日は説教がよかったので、よく眠れた」とか、「今日の説教は短くて眠れなかった」などというのがあります。そんなわたしたちにとって、今日読んでいただいた聖書の箇所に登場するエウティコという青年の物語は、同情というか、共感を覚える人も多いのではないでしょうか。エウティコは、礼拝中に居眠りを、それもぐっすり眠ってしまいました。この青年に、親しみを感じる人は多いと思います。先週の日曜日は台湾の玉山神学院の学生さんに礼拝での奨励をしていただきましたが、先週金曜日には玉山神学院の元院長である楊啓壽先生が農村伝道神学校で講演をされました。自分は声が小さいと言いながら、大きな声でまさに熱弁をふるわれました。一昨日は大変な暑い一日でしたけれど、お話は2時間20分におよび、そのため、お話を聞いていた人のなかには途中でうとうととされたかたもおられました。そんなことで、わたしはちょうど今日の聖書の箇所に書かれている「パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し」という言葉をを思い起こしていました。パウロもまた熱弁をふるったのでしょう。しかし、聞いているほうは、眠気をがまんすることができません。エウティコもまた居眠りをしてしまったのです。

大事な場面で居眠りをしてしまうというのは、エウティコだけではありません。主イエスがゲッセマネで祈っておられたとき、ペトロ、ヤコブ、ヨハネという弟子たちが一緒にいましたが、彼らは主が祈っておられる間、眠ってしまいます。しかも、主イエスは祈りの途中に3回も弟子たちのところへ行かれるのですが、3回が3回とも彼らは眠っていたのでした。眠くなるのは生理的な要求で、仕方がないことです。それにしても、主イエスが十字架のかけられる直前だというのに眠ってしまう弟子たち、あるいはパウロが大変な熱弁をふるっているにもかかわらず眠ってしまうエウティコと、これらのことを通して、人間の弱さを思わされます。いや、人間の弱さなどというものではなく、これこそ人間の姿なのだと思います。

ところで、エウティコはこのとき、建物の3階にいました。彼は窓に腰かけていました。窓といっても、壁に穴があいただけだと思います。眠くなったので、風にあたるために窓際にいったのだとか、いろいろ推測されたりしますけれど、わたしはむしろ、部屋には人がいっぱいで座るところがなく、窓辺まで鈴なりになっていたのかなと思います。そしてそんな状態で居眠りをしてしまったエウティコは、なんと窓から落ちてしまうのです。3階から下に落ちたために、彼は命をも落としてしまいます。9節には、「起こしてみると、もう死んでいた」とあり、礼拝中にそれこそ大事件が起きてしまったのです。いかにパウロが熱弁を振るっていようとも、話を続けることはできません。みんなは階下におりていき、大騒ぎになります。

それにしても、聖書のなかにどうしてこのような話が書かれているのでしょうか。ペトロの活動、そしてパウロの3回にわたる伝道旅行と、福音宣教が世界に広がっていく様子が描かれた使徒言行録に、まるで挿入されたエピソードのようなこの話は何が言われているのでしょうか。

実は、今日の箇所は初代教会が日曜日に礼拝をおこなっていたことを示す貴重な記録なのです。7節に、「週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた」と書かれているように、この出来事が、週の初めの日、つまり日曜日であったことがわかります。そしてこの短い記述は、それがどのような場所で、どのような形式でおこなわれていたかを示す貴重な記録です。どのような場所といっても、はっきりとわかるわけではありませんが、おそらく誰か信徒の家であったことでしょう。「家の教会」という言い方をしますけれど、教会堂とか礼拝堂というものはなく、家の一室が開かれていたと思われます。このことは、使徒言行録の記述からもわかりますし、またパウロの手紙を読むと、例えばコリントの信徒に宛てた第一の手紙の16章で、「アキラとプリスカが、その家に集まる教会の人々と共に、主においてあなたがたにくれぐれもよろしくとのことです」といった挨拶が書かれています。これは、ローマの信徒に宛てた手紙や、フィレモンへの手紙にも同じような言葉がありますから、当時は家の教会ということが一般的であったことがわかるのです。

礼拝の形式について言えば、形式というほどのことではないのですが、ここで明らかなことは、パンが裂かれていたこと、そして誰かが話をしていたということです。「パンを裂くために集まっていた」とあることは、ただたんに食事のためにということではありません。パンを裂くとは、聖餐式のことです。まだこの時期には、聖餐式と通常の食事とがそれほど区別されてはおらなかったかも知れませんが、パンを裂くということは、主の食卓を囲み、主のみ体をいただく、大切なことでした。使徒言行録2章にも、初代教会の様子として、「彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった」と書かれています。また、パウロは第一コリント10章で、「わたしたちが神を賛美する賛美の杯は、キリストの血にあずかることではないか。わたしたちが裂くパンは、キリストの体にあずかることではないか」と言っています。

そして誰かが話をしていたということは、パウロのような使徒としての自覚を持つ人や、あるいは執事といった役割をする人などが、キリストの福音を語り伝えたということです。あるいは、パウロが書いた手紙も、個人宛ての手紙ではなく、ローマの教会の信徒宛て、コリントの教会の信徒宛てということですから、このような家の教会で朗読されていたということです。そして使徒たちが話をし、手紙が朗読され、またその間にパンを共に裂くときがあったのだと思います。礼拝の形式ということでは、まだ整っていなかったでしょうが、パン裂きと話、この二つが集会の、つまりは礼拝の核心だったのです。礼拝の中心に説教と聖餐式があるのは、このように初代教会からずっと大事にされてきたことなのです。

今日の記事から、もう一つわかることがあります。それは礼拝の開始時間が、どうやら夕方であったということです。パウロの話が「夜中まで続いた」とありますが、朝から始まって夜中までということは考えられません。たぶん夕方から始まったのでしょう。それと、この当時はまだ日曜日に仕事を休むという習慣はありませんから、たぶん参加者たちは、日中にいつも通りの仕事をしたうえで、夕方に信仰仲間の家に集まり、礼拝を共にしたのでしょう。また、今日の物語の舞台となっているトロアスではどうだったかわかりませんが、ユダヤの暦では一日は夕方に始まります。ですから、夕方になり、日曜日が始まるとともに人々は三々五々集まってきたのではないかと思います。

さて、このようにしておこなわれた礼拝に、一人の青年、エウティコが参加していました。居眠りというのは、けっしてほめられた話ではありませんが、一日の労働を終えて、疲れながらも礼拝に出ていたのですから、それでよしと言うべきでしょうか。で、彼はぐっすり寝入ってしまいます。しかも3階の窓に腰かけている。彼は窓から落ちてしまいます。そして死んでしまったというのです。礼拝は中断し、大騒ぎになりますが、パウロは落ち着いてエウティコのところへ行ったようです。10節に、「パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。『騒ぐな。まだ生きている。』」とあります。「まだ生きている」とパウロは言いました。でも、9節にははっきりと「もう死んでいた」と書かれています。どういうことでしょうか。本当は死んでいなかったのでしょうか。それとも、確かに死んだのだけれど、生き返ったのでしょうか。

使徒言行録9章に、ペトロがタビタという女性を生き返らせたという話がありますし、古くは預言者エリヤやエリシャが子どもを生き返らせたという伝承がありますから、パウロも同じような奇跡をおこなったのかも知れません。でも、今日の箇所の記事は、パウロがエウティコに近づいて、よく見るとまだ生きていたというふうにも取れます。このあたり、事実はどうだったかと詮索することはあまり意味のあることとは思えません。

事実はどうだったかとうことよりも、わたしはこの物語には、礼拝ということを考えるうえで、なにか象徴的なものがあるように思えます。この出来事は、礼拝とはなにかをわたしたちに考えさせてくれるように思うのです。どういうことかと申しますと、そもそもわたしたちはなぜ日曜日に礼拝を持っているのかから考えていただきたいと思います。それはすなわち、日曜日が主の日だからです。

主の日、主イエス・キリストの日、すなわちそれは、主イエスが甦られたのが週の初めの日、日曜日だったからです。ご承知のように、ユダヤ教では土曜日を安息日として守ってきました。旧約聖書に書かれているとおり、土曜日は、神さまが天地創造を終えて休まれた日であり、またこの日にすべての労働を休むことによって、出エジプトに示された神さまの救いのみわざを覚えるという日でした。キリスト教はその精神を受け継ぎながら、主の復活の日を覚えて日曜日を主の日とし、礼拝の日としてきたのです。

復活を記念して、日曜日に礼拝をおこなう。でもそれはただ単なる記念日であるとか、習慣的にその日にしているということではありません。そうではなく、わたしたちは礼拝をとおして、礼拝のたびごとに、新しく生きる力を与えられるのです。そして新しく生きるとは、それは同時に古い自分に死ぬことでもあるはずです。古い自分に死に、新しい命に生きる。それは、新約聖書に繰り返し書かれているところであり、キリスト教の中心的なメッセージです。第二コリント5章には、「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」とあります。またローマ6章には、「わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです」と教えられています。律法に縛られ、功績主義に縛られ、また罪によって支配されているわたしたちが、そのような生き方を古い衣として脱ぎ捨て、キリストにある新しい生き方を、新しい衣として着るのです。

わたしたちにとって礼拝とは、このように罪ある自分が死に、キリストにあって新しくされるときなのです。礼拝に参加するとは、キリストの死と復活を追体験することでもあるのです。このように考えるならば、トロアスの町の家の教会で礼拝の最中におこったエウティコの死と蘇生の物語は、わたしたちが礼拝において死と復活を体験するという礼拝の精神を表現している、そのように思えてきます。

礼拝の最中にエウティコが窓から落ちて死んでしまったことで、家の教会に集まっていた人たちは、びっくりし、また大騒動になったことでしょう。しかし、パウロは力強く、「騒ぐな」と人々を静止します。この言葉は、マルコ5章で主イエスが言われた言葉、「なぜ、泣き騒ぐのか。子供は死んだのではない。眠っているのだ」を思い起こさせますし、また聖書のなかで繰り返し語られている言葉、「恐れるな」という呼びかけの言葉を思い起こします。そして、エウティコが生きていることを知った人々は、12節によれば、「大いに慰められた」のでした。そしてまた、11節によれば、彼らは礼拝を再開しています。「また上に行って、パンを裂いて食べ、夜明けまで長い間話し続け」たということです。

礼拝は神の御言葉が語られる場であり、主の食卓を共に囲んで主のみ体をいただくのであり、そして主の十字架と復活を追体験し、大いに慰められる、まさに礼拝とはそのような時であり、所なのです。わたしたちはそのような礼拝を持っているでしょうか。そのような時、そのような場所として、礼拝を受けとめているでしょうか。その点をわたしたちは少々、いや大いに反省しなければいけないと思います。

わたしたちはよく耳にします。「礼拝は魂の平安を得るところだ」と。このような言い方は、間違いではありません。でも、礼拝がただそれだけの場所であるならば、それはまことに不十分だと言うべきです。あるいは、「礼拝は一週間の疲れを癒し、新しい力をいただくところだ」と。この言い方も間違いではありません。いや正しい礼拝理解だと思います。でも、これだけであるならば、わたしはやはりちょっと違うと言わずにおれないのです。何が不十分なのか、何が違うのか。その答としてパウロがローマ12章で述べている有名な聖句を思い起こしていただきたいと思います。「こういうわけで、兄弟たち、神の憐れみによってあなたがたに勧めます。自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です。あなたがたはこの世に倣ってはなりません。むしろ、心を新たにして自分を変えていただき、何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい。」

このローマ12章の御言葉からわたしは二つのことを申したいと思います。それは第一に、自分の体を神さまに献げるということです。第二は、神の御心のために心を新たにし自分を変えていただくということです。礼拝とは、ここで表現されているように、自分をささげる、そのためにも自分を変えていただく、そのような場なのです。すなわち、自分自身は少しも変わることなく、また自分自身をささげることなく、ただ、神さまから力をいただくとか、神さまからの平安をいただくということならば、わたしたちは礼拝をまだ充分に体験していないということになるのです。そして、ささげる、変えていただくということを、別の表現で言うならば、それはまさに、キリストの十字架とともに古い自分に死に、キリストの復活とともに新しい自分に生きるということなのです。

とはいえ、古い自分に死ぬということがそうそう簡単にできることではありません。自分をささげるとか、変えられるということは、恐れを伴なうことだと思います。新しい命をいただくことは、言い換えれば、古い自分の生き方に決別することであるはずです。自分をささげるということは、自分の大事にしているものを、ある意味で捨てることであるはずです。また、罪の赦しを信じることは、自分の罪ある姿を認めるところから始まるはずです。古い自分を捨てるということは、罪のなかにある自分の嫌な姿を直視し、向き合わなければならないのです。自分の考え方や、生き方が、揺り動かされるというのは、必ずしも気分のよいものではありません。本来大変なことであるはずです。

エウティコが、窓から落ちて死んでしまったという出来事は、礼拝がそもそも人が死んで新しく生きるものだということを思い起こさせます。それは大騒動を引き起こすようなことです。けれども、そのような大騒動、恐れのなかにありながら、「騒ぐな、生きている」という声を聞き、またこの人が新しく生かされているのを見て、大いに慰められる、そこに礼拝の本質的な面があるのではないでしょうか。言い換えれば、捨てることによって得る喜びを味わう場、それを共に分かち合う場、それが礼拝だと思うのです。

自分をささげ、変えていただき、新しくされる、そこにこそ、礼拝をとおして与えられる真実の慰めがあります。トロアスの町の家の教会での礼拝、そしてパウロの説教は、そのような体験を引き起こしました。人々は大いに慰められます。パウロは明け方近くまで話を続け、その後、この町を出発し、次の目的地に向かったのでした。パウロはこのあとエルサレムに行き、そこで逮捕され、ローマに護送されることになります。こういう厳しい状況のもとで、初代教会は共にパンを裂くことを大切にし、また御言葉の宣教をおこなってきたのです。

(2004年7月11日 聖霊降臨日礼拝説教)