番町教会説教通信(全文)
2004年4月 「生きておられるかた」           牧師 横野朝彦

ルカ23・56b―24・12

主のご復活をお慶び申し上げます。今日はイースター。主の甦りの朝です。週の初めの日、つまり日曜日の朝、明け方早くに、マグダラのマリアをはじめとする幾人かの女性たちが、香料を持って墓に向かいます。土曜日は安息日ですから、一切の労働は禁じられ、長く歩くことさえ許されていませんでした。そのため彼女たちは安息日をじっと過ごし、日が明けてすぐに、まだ明け方暗いうちに墓へ出かけたのです。主イエスの顔を見たい、少しでも傍にいたいといった心からの気持ちとともに、おそらく死者を葬る当時の習慣なのでしょう、主の体に香料を塗り、丁寧な埋葬をしようとしたのでした。

主イエスの体が納められたのは、洞窟のようなところで、大きな石が扉のように置かれていました。ところが、彼女たちが墓に着いてみると、石が墓のわきに転がしてあり、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかったのです。彼女たちは途方に暮れてしまいます。いったい誰が主イエスの体を動かしたのだろう、どこへ持っていったのだろう、誰かが盗んだのだろうか、途方に暮れたというよりは、呆然としてしまったに違いありません。

ここへやってきたのは、ルカの報告によれば、マグダラのマリアのほか、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして主イエスと一緒にいた他の女性たちであったということです。他の女性たちというのが何人くらいなのか、少なくとも2人、3人はいたことでしょうから、総勢5人、6人、あるいはそれ以上の人たちが、主イエスの傍に少しでもいたい、主の体に香料をお塗りしようと、墓にやってきたのです。

でも、このときにシモン・ペトロを初めとする弟子たちはどうしていたのでしょうか。ペトロが主イエスの逮捕のときに、主のことを知らないと言ってしまったのはご承知のとおりです。ほかの弟子たちも、自分に害が及ぶのを恐れて、さっさと逃げてしまっています。マルコ福音書を読むと、ほかの弟子たちがただ逃げてしまったというだけでなく、ある一人の若者は、素肌に亜麻布をまとってイエスについて来ていたのだけれど、人々が捕らえようとすると、亜麻布を捨てて裸で逃げてしまった、と報告されています。裸になって逃げてしまったという、なんとも醜態です。

そんなことですから、男たちは皆なすすべもなく家にこもっているのです。しかし女性たちは、総勢5人、6人、あるいは10人近くかも知れない人たちが、夜が明けるのを待ちかねるかのように、墓に出かけていくのです。本当のところ何人の女性たちが墓に行ったのかわかりませんが、復活の最初の目撃者が女性たちであったというのは、どの福音書にも共通した報告です。これはとても大事なことです。

当時の社会、わたしたちが考える以上に男社会でした。5000人が養われたというパンの奇跡の物語で、5000人というのは成人男子だけの数でした。女性は数に入れられなかったのです。そればかりではありません。女性は裁判の証人になれなかったのです。男が何々を目撃したといえば信憑性があり、女が目撃したと言っても信用されない、そんな馬鹿なと思えるほどの男社会です。

ところが、福音書は4つの福音書に共通して、主の復活の証人が女性たちであったと伝えています。男たちが、言うならば敵前逃亡をするなかで、女性たち、つまり裁判の証人とさえなれなかった人たちを、あえて復活の証人としたところに、福音書の証言の不思議さ、面白さがあります。

今日読んでいただいた箇所の11節には、「使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった」と書かれています。プライドばかり高い使徒たち、弟子たちにとって、マリアたちが伝えたことは、信じるに値しなかったということでしょうか。ちょっと話が脱線しますが、日本基督教団ではない、ある教派では、女性は牧師になることができません。女性はどんなにキャリアを積んでも伝道師なのだそうです。最近その教派の総会が開かれ、女性でも牧師になれるようにという議案というか、話し合いがされたそうですが、結局否決されたそうです。この教派の教会では、礼拝の司会も男だけだそうで、これはわたしには理解できないことです。

このように、昔も、そして今も女性を低く見る考えが根強くあるのですけれど、しかし神さまは、彼女たちをこそ復活の証人として用いられたのでした。福音書の証言は女性たちに大切な役割を与えています。なんと言っても、主イエスの逮捕のときにさっさと逃げてしまった男の弟子たちに比べて、彼女たちはしなければならないことをわきまえているように見えます。この大変な時に、またあわただしく安息日に入ったこのときに、彼女たちはちゃんと香料を買い求め、死者を葬る習慣をきちんと果たそうとしています。男たちにできなかったことを彼女たちはしています。

さてそのような彼女たちに、輝く衣を着た二人の人がそばに現れます。この二人が誰であったのか、どのような存在であったのか。創世記で、ロトのもとに二人の御使いがやってきたという話がありますが、御使いは二人で行動するのでしょうか。今ひとつ思うことは、先程女性が裁判の証人になれなかったという話をしましたが、旧約聖書によれば、裁判の証人は最低二人の証言が必要なのです。ここでわざわざ天の使いを二人描いているのは、その証言の確かさを言っているのかもしれません。でも、このように証言の確かさを述べつつ、しかし男の弟子たちではなく、マリアら女性たちを復活の重要な証人に位置付けている。ここに主イエスの福音がどのような人たちに伝えられようとしているかのメッセージがあります。

輝く衣を着た二人の御使いは告げます。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」これは驚くべき知らせです。死んだイエスを懐かしみ、慕って、その体に香油を塗ろうとやってきた女性たちに、「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか」と問うています。主イエス・キリストは「生きておられる方」だと言うのです。

そしてこのことが、かねてから言われていたことだと教えられます。「まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」

クリスマス以降、ずっとルカによる福音書を読んできましたが、ルカでは9章に「イエス、死と復活を予告する」という記事があります。全体で24章あるルカ福音書の真ん中よりもずっと前のところで、すでに死と復活が予告されているのです。第一回目の予告は9章21節以下、第二回目の予告は9章43節以下、そして第三回目は18章です。ということは、主イエスの生涯を描いているはずの福音書でありますが、生涯全部を均等に描いたのではなく、その生涯が十字架と復活に向けての歩みであったことを、述べているのは明らかです。

主イエスが「へりくだる者は高められる」と教えられたのも、「人の子には枕する所もない」と言われたのも、ただ一般論としての話なのではなく、ご自分の歩むべき道を示されたのでした。「悪口を言う者に祝福を祈り、侮辱する者のために祈りなさい」と言われたのも、「あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい」と言われたのも、実行難しいことを他の人にさせようとしたのではなく、ご自分がなさることを語り、わたしたちを諭されたのでした。

このように、主イエスが十字架につけられ、復活することは、すでに主イエスによって語られていたことであり、主イエスに従っていた女性たちも、男性の弟子たちも、すでに聞いていたことでした。

二人の御使いからそのことを言われた女性たちは、そのことを思い出します。8―9節には、「そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた」と書かれています。

ここで、ルカによる福音書に書かれた、復活に関する他の証言を見てみようと思います。ひとつはエマオ途上の二人の弟子を主が共に歩んでくださったという話です。もうひとつはこの二人の証言を他の弟子たちが聞き、そこに復活の主イエスが姿をあらわしてくださったという話です。

これらの話には共通点があります。今日の箇所では、「まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい」とありました。エマオ途上の話で主は、「モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された」のであり、また「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき」、彼らの心は燃えていたのでした。他の弟子たちに主が現れてくださった話でも、主は「これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである」と言っておられます。

復活の記事のどの場面でも、これは主が前もって教えてくださっていたことなのだと述べられているのです。これはとても大事なことです。それは、前もって予告されていたことが実現したというだけの話ではないとわたしは思います。そうではなく、主イエスにおいて、その生涯の歩みと、十字架と復活はつながっているということです。

今日、番町教会の教会報「つた」の新しい号を発行しました。そこにわたしは、「復活の主に従って生きる」という文を書かせていただきました。マルコによる福音書によれば、天使はマリアたちに向かって、「あなたがたよりも先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる」と告げたのでした。これは、主イエスに従ってきた人たちに対して、「さあこれからも主に従って生きていきなさい」という呼びかけであったと思います。福音書というのは、過去の出来事の記録ではなく、主はこのように生きられた、そして今も生きておられる、さあだからあなたがたも主に従って生きようという呼びかけなのです。

先週、教会では主の受難週にあたり、毎朝祈祷会を持ちました。そこでわたしは、グティエレスという、ラテンアメリカの神学者の言葉を4回にわたって紹介しました。このかたは、ペルーの首都リマで貧しい人々と共に教会形成をしてきた人です。グティエレスは言います。「わたしたちが信じる神は、いのちの神だ。・・生きた人々の中に、しかし死に脅かされている人々の中に、復活されたキリストは生きておられる。・・主の復活を肯定することは、死に瀕しているいのちをも肯定することである。」

主イエスは、ガリラヤの海辺で、貧しい人、病める人、抑圧されている人、罪人とされる人たちと出会ってくださり、この人たちこそ尊い存在であるとしてくださいました。「貧しい人たちは幸いである」、「悲しんでいる人たちは幸いである」と言ってくださいました。主は今も、このような人たちと共に生きておられる。そして死に瀕している人のなかに命を認め、価値がないと思われている人のなかにかけがえのなさを見いだしてくださっているのです。

マルコと違い、ルカによる福音書は、「ガリラヤでお目にかかれる」という表現はありません。そうではなく、「エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる」と述べられ、ルカ福音書がすでに教会としての宣教活動を視野に入れていたことがわかります。けれども、今日の箇所6節にあるように、主の十字架と復活が、すでにガリラヤにおられたときに主イエスによって話されていたことであり、主が語ってくださっていたときに、わたしたちの心が内に燃えていたことを思い起こさせることでした。復活は、主が生きた命にわたしたち自身が生かされる出来事です。

復活ということはとても信じがたいことですから、ある人はきっと亡霊でも見たのだろうと言います。ある人は死体は盗まれたのであって、弟子たちの心のなかに生きているということを言いたかっただけなのだろうと言います。でも、ただそれだけのことでキリスト教はこれを福音として宣べ伝えてきたのでしょうか。けっしてそうではありません。あの弱虫だったペトロが、また他の弟子たちが、初代教会を建てていったのは、復活の主がおられたからでした。パウロはパウロは第一コリント15章で、「死は勝利にのみ込まれた」と力強く語っています。パウロをはじめとする初代教会の人々は、いかなる困難があっても、迫害を受けようとも、動かされることなく、力強く、希望を持って、地の果てまでも福音を伝えていきました。そしてローマの信徒への手紙6章でパウロは、「あなたがたも自分は罪に対して死んでいるが、キリスト・イエスに結ばれて、神に対して生きているのだ」と言っています。パウロは、復活の主に出会うことによってこれまでの生き方を変えられ、新しい命に生きていったのです。そしてキリストを信じるものは皆、このように新しい命に生きるのものとなるのです。

仮に亡霊を見たのだとしても、亡霊を見ることで、人は勇気を持つでしょうか。亡霊を見て希望を持つでしょうか。主の復活は、勇気と希望を与え、人を新しく生かす出来事なのです。弟子たちの心のなかで生きていることだという説明にしても、それではどうして弟子たちの心だけでなく、2000年間にわたって多くの人々の心を生かしていきたのでしょうか。それは主が今も生きて、わたしたちを生かしてくださっているからです。

聖書は、主イエスの生涯を述べています。そして死と復活を述べています。それは過去の出来事ではありません。2000年前にイエスという人が、十字架にかかって死んだのだけれど、3日目に甦られたのですよ、と言われても、「へぇ、不思議なことがあるものですね、そんなことわたしには信じられませんね」というのが普通の反応ではないでしょうか。わたしたちが復活を信じるとは、どういうことでしょうか。2000年前にこんな不思議なことがあったと信じるということでしょうか。過去にあった出来事を、よくわからないままに事実だと信じ込むことでしょうか。復活を信じるとは、そういうこととはちょっと違うと思います。聖書が復活を証言しているのは、2000年前の過去に起こった出来事を記録したのではなく、わたしたちが新しい命に生きるための呼びかけであり、福音なのです。そしてそれは何よりも、死に瀕した命をも肯定することであり、どのような状況にあってもそこに働く主の命を見いだし、わたしたちもまた主と共に生きることなのです。

 (2004年4月11日 復活日礼拝説教)