|
コリント一、10・23―11・1
学校などでおこっているいじめの問題について、先日子育ての会でお話をしました。そのときに、わたしが予想をしていた以上に、この問題が出席者一人一人にとって、関心の深い問題であることを知らされました。
いじめには、ちょっと体を小突いたりといった行動を伴うものもあれば、人が気にしている欠点をあげつらったり、体の特徴を大袈裟に言って笑いものにしたり、恥ずかしいことをやらせたり、使い走りをさせたりと、さまざまなケースがあります。人の欠点をあげつらうだけではなく、人の長所や美点をとりあげて、それを笑いものにすることもあります。
いじめの原因はさまざまで、簡単には言えないでしょうけれど、わたしが子育ての会でお話をしたのは、一つは、いじめる側について、いじめをする子のなかには、幼いころから、親や周辺の大人からあまり相手にされなかったり、理由もなく叱られたり、心に傷を負ってきた子がいるということでした。親の愛情を知らずに育ってきた子がいます。彼らは加害者であると同時に、また被害者でもあり、社会のなかで自分が肯定されていないことを、彼ら自身がよく知っているのだと思います。いじめることによって、自分が受けてきた傷を癒しているのだとも言われます。中学生がホームレスの人に暴行を加えて死なすといった事件が起ります。これなど、強い者が弱い者に力を加えるというよりは、この社会でさまざまな抑圧を受けている者が、自分よりも弱い者を見つけているのだと思います。
あるいは、なにか事件があったとき、あの子はそんな悪いことをする子には見えなかった、良い子だったと言われることがあります。でも、その背景には、がんじがらめに縛られた管理システムのなかで、良い子とされていた子が、その抑圧から抜け出そうとしていたと思わされることがあるのです。
では、いじめられている子に対しては、どう対応すればよいのでしょうか。ある人は、「やられたらやりかえせばよい」と言います。自分の子が弱いからこんなことになるのだと考える人もいます。子どもが学校を休みたいと言ったとき、「そんなことで逃げたらだめだ、もっと強くなれ」とアドヴァイスする人もいます。でも、それで解決するようなら苦労はしません。「強くなれ」ということは、かえってその子を追いつめる危険があるのです。
つまり、強くなれないボクが悪いんだ、ヤメロと言えないわたしが弱いからだめなんだと、自分を否定してしまうことになるからです。わたしは、この問題のなかには、強い者の側も、弱い者の側にも、どちらにも、自分をそのまま受け入れることができないでもがいている姿を見ます。このように見ていくと、人間は、自分自身を肯定できず、自分の弱さを受け入れることができず、そのために他を傷つけたり、傷つけられたりしていることがいかに多いことかと思うのです。
さて、今日はパウロが書いたコリントの信徒への第一の手紙から読んでいただきました。コリントの信徒に宛てた手紙が書かれた背景に、コリントの教会内部に党派争いなど、教会内部に分裂状態が事情としてあったことは、これまでにも何度かお話をしてきました。ある人は、「自分はパウロにつく」と言い、ある人は、「自分はアポロにつく」と言って互いに争っていたのです。そのあたりは、この手紙の1章、あるいは3章を読むとよくわかります。で、パウロは手紙を書いてこのような状況にある人々を叱責するのですけれど、その場合、言うならばパウロ派が正しいとか、アポロ派が正しいといったような判断をするわけではありません。
そればかりか、「自分はパウロにつく」、あるいは、「自分はアポロにつく」と言って争っている人々の間にあって、おそらくそのような争いに嫌気がさしたのでしょう、「わたしはキリストにつく」と言っている人がいます。これなどもっともなようです。でもパウロは、彼らを正しいとするのでもありません。パウロの主張の何よりも特徴は、誰も自分を正しいとしてはならないということでした。「わたしはキリストにつく」という人も含めて、「そんなことを言い合うのは止めなさい」と、諭すのです。3章18節で次のように言われています。「もし、あなたがたのだれかが、自分はこの世で知恵のある者だと考えているなら、本当に知恵のある者となるために愚かな者になりなさい。」そしてこの言葉の少しあとで、「だれも人間を誇ってはなりません」と言われています。
わたしたちの教会は、キリストの体のようなものであって、一人一人はその部分なのだと、パウロは語っていますけれど、その場合、強いものが弱いものを従わせるとか、弱いものが強くなって、全体を強くするというのではありません。それではキリストの体にはならないのです。そうではなく、むしろ自分は強いと思っている人たちのなかにある弱さに気づかせ、自分は正しいと思っている人のなかにある愚かさに気づかせ、弱い者も強い者も、誰もみな神さまの愛を必要としている存在であるということに気づかせていく、そして互いを尊重していく。それがキリストの体たるゆえんなのだと思います。
パウロは、このことを、その当時の教会内部でおこっていた具体的な問題について論ずるなかで語っています。そこで言われている具体的問題というのは、今日のわたしたちにとっては、なかなか自分の問題とは思えませんから、大変わかりにくいことなのですけれど、少し我慢をして聞いていただきたいと思います。今日読んでいただいた箇所で言われていたことは、食べ物の問題です。旧約聖書のレビ記に書かれていたように、ユダヤ教では食べ物について、細かい規定がありました。この食べ物は宗教的に汚れている、この食べ物はそうではない、清い、清くないというのが、細かくと言うか、うるさく決められていました。
さらに、その当時のコリントの町の市場で売られている食べ物についても、ユダヤ教の立場からすれば実に問題のものがありました。というのは、ギリシャ文化の、それも商業都市として発展したコリントの町では、例えば食肉の最大の屠り場は神殿であったという見解があります。異教の神殿で屠られた肉が、市場に出回るというのがごく当たり前だっただろうと言うのです。そうなると、ユダヤ教の人たちにしてみれば、これは大問題です。肉を買おうと市場に行っても、その肉が異教の祭壇にささげられた肉であったならば、宗教的に禁じられたことを侵すことになってしまうからです。
そのために、この肉は清いとか、この肉は清くないとか、細かく詮索をし、そればかりかそのことを他の人にまで、うるさく言う人がいました。で、パウロは、わたしたちキリスト者はすべてのことについて自由を与えられているのだ、だからどんなことでも、いちいち詮索をするのではなく、何でも自由に食べればよいのだと言います。また、誰かの家に招待されてご馳走になるときにも、人の家に行って、いちいち詮索をして、清い清くないなどとは言わず、何でも食べればよいのだと言います。それが今日読んでいただいた箇所の前半で言われていることです。
しかしもしその場所に、この肉は清くないと気にしている人がいるとすれば、その人のために、食べるのはやめておきなさいと、パウロは言うのです。このことをパウロは第一コリントの8章から繰り返し論じています。当時の教会にとって、よほど大きな問題だったのでしょう。申しましたように、これは今日のわたしたちにとっては、あまり関係のないような話です。まるで自分の問題とは思えませんから、聖書のこの箇所を読んでいても、なにを難しいことをくどくどと言っているのだろうとしか思えないかも知れません。けれども、パウロはこの問題をとおして、人間そのものの持つ多様性と、そのような多様性を持つ人間たちが共に一つになって生きるとはどういうことかを考えるのです。
人間というのはいろいろと感じ方に違いがある。精神的に強い人もおれば、弱い人もいる、心の自由な人もおれば何かと不自由な人もいる、あるいは規則や社会のシステムに適合できる人もおれば、できない人もいる。そしてその場合、強い者に全体を合わせるのではなく、弱い者にあわせていきなさい、それがパウロの考え方です。特に、自分のことを強者と思っている人に対して、その弱さや罪を気づかせ、弱者が大事にされないところでは、あなたも大事にされていないのだと気づかせていきました。そしてそれが、今日の箇所、10章31節で言われている、「だから、あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい」という言葉の意味です。神の栄光を現すとは、みんなが強くなったり、立派になることではないのです。そうではなく、強いと思っている者も、弱い者と思っている者も、等しく尊重される世界なのです。
これはこの世の考え方とは正反対なのかも知れません。この社会では、強いものが全体を支配し、弱い者に対しては強くなれというのが普通です。あるいは、自分のなかに弱さを抱えていても、その弱さを隠そうとするのです。そして、自分の弱さをそのままでは認めることができず、まるで自分を強い者であるかのように振舞う人がいます。
でも、キリストにあるわたしたちは、強さに倣うものであってはならない、そうではなく、むしろ弱さに倣うものであろうというのが、パウロの主張なのです。パウロはまた、ローマの信徒への手紙15章で、「わたしたち強い者は、強くない者の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません」と言っています。
教会の修養会を毎年8月の終わりか9月の始めにおこなっています。今年は、8月最後の日曜日に、名古屋におられる島しづ子牧師を講師に招きます。このことは、先週の礼拝でも少しお話をしました。修養会は8月で、まだ少し先のことですけれど、その準備の意味も込めて、今日も島牧師の体験なさったことをご紹介したいと思います。と言っても、わたしは島牧師には2、3度お会いしただけですので、ご紹介するのは、島牧師が2年前に出された本、「イエスのまなざし」に書かれていることです。修養会では今から申し上げるような体験をじかに語ってくださることと思います。
島牧師の3番目のお子さん、陽子さんは、生まれて1年たったころ、百日咳が原因で呼吸停止に至ります。お医者さんから、「お嬢さんの脳細胞はほとんど死んでしまって回復の可能性はありません」という宣告を受けたのでした。その後、本当に大変な日々が続きます。人工呼吸器を一日に5分だけはずすといった、ちょっと残酷に思えるような訓練を重ねて、10ヵ月後には退院をして、家で生活できるようになります。そして排泄も、少しずつ自分で出来るようになっていくのです。あいかわらず意志の疎通はできません。ところが、ボランティアの学生さんたちに頼んで、「赤毛のアン」とか、「少女パレアナ」を読んでもらうと、おもしろい場面になるとお嬢さんが笑うようになったのです。
そして、そんな島さん親子にとって、とても大きな祝福のときがきます。それは、フランスでラルシュ共同体をなさっているジャン・バニエ神父との出会いでした。バニエ神父については、わたし自身、バニエ神父が書かれてた「共同体 ― ゆるしと祭りの場」という本から多くを教えられ、何度か紹介したことがあります。
バニエ神父が日本に来られたときの、島さんの体験です。少し長いですが、「イエスのまなざし」からそのままお読みします。
「目はまっすぐに娘の目を見つめていました。その姿を見ながら、私は自分が長い間、おそらく生まれたときから求めていたものが与えられる経験をしました。二人は話をしませんでした。バニエさんはフランス語と英語しか話せませんし、娘は日本語も話せません。でもその二人が、握手と目を交わし合いながら、こういうふうに言っているのが、わたしには聞こえたのです。バニエさんは娘に対して、『陽子ちゃん一生懸命生きて来たね、ぼくはあなたのことを尊敬しているよ。神さまもあなたのことを大事に思っているからね。』その言葉を聞いたときに、わたしは誰もわたしのことを理解していない、そう思って幾重にも着ていた鎧がぱらぱら落ちいく思いでした。『あなたのことを尊敬している』。わたしが、そして娘が求めていたのはこれでした。
尊敬されるためには、障害が治って人並み以上の仕事をしなければならない、そう思って階段を上ることばかり考えて来ました。でも階段が上れなくってここにいるしかない、そこにいるしかない娘とわたしに対して、バニエさんは、『あなたのことを尊敬している』と言ってくれたんです。そのときにわたしは、そうだもうのぼるのは止めよう、のぼろうとすると娘たちを踏み台にし、娘たちと同じように弱い人を踏み付けにしなければいけないし、置き去りにしなければいけない、そんな生き方をもうしたくない、ここにいよう。そしてここにいようと思って周りを見たときに、死刑囚と並んで十字架についたというイエスの姿が鮮やかに見えて来ました。」
このように、何もできないでいる陽子さんのことを、心から尊敬しているというバニエ神父の姿とその出会いに、島牧師は言うならば信仰的な覚醒というか、転換を感じられたのです。
それから何年かして、バニエ神父が再び来日され、陽子さんがその頃入っていた病院に来てくださったのでした。そのとき島さんは、病院の看護婦さんたちが優しくないと感じていたそうです。きっとその病院では、勤務体制の無理とかあって、そのしわ寄せが来ていたのだと思います。 ところがそのときにバニエ神父が、入院中の子どもたちを前に話をされました。病院の看護婦さんたちは、後ろで話を聞いています。バニエ神父は、「ねえ、後ろにいる看護婦さんたち好き?」と言います。子どもたちは「ううん」と答えます。すると、バニエ神父は、「後ろの看護婦さんたちも、君たちから大事に思われたいんだよ」と言われたのです。
わたしは、このエピソードというか、この話にとても教えられました。優しくないのは、その病院の看護婦さんたちでした。優しくされていなかったのは、入院中の子どもたちでした。にもかかわらず、バニエ神父は、「後ろの看護婦さんたちも、君たちから大事に思われたいんだよ」と言われたのです。
申しましたように、その病院の看護婦さんたちは、きっと勤務体制とか、いろんな問題で、厳しい状況に置かれていたのでしょう。病院という組織のなかで、一人一人が大事にされない状況があったのでしょう。バニエ神父はきっとそのことをしっかりと見抜かれたのです。
普通なら、お医者さんや看護婦さんに向かって、「この子どもたちをもっと大事にしてあげなさい、もっと優しくしてあげなさい」と言うのではないでしょうか。ところが、「看護婦さんたちも、君たちから大事に思われたいんだよ」と言われた。これは本当に、人を優しくさせる言葉だと思えてなりません。そして病院を去るとき、バニエさんは、「毎日君たちのためにお祈りをするから、ぼくたちのためにも祈ってね」と言われたそうです。言葉をひとことも発することのできない陽子さんや、病院の子どもたちに向かって、「ぼくのためにも祈って」と言われたのでした。わたしはここに、キリスト教信仰の深いものを感じます。
お読みいただいた箇所の最後の部分に、といっても、聖書の章と節の分け方によれば、11章の最初の部分でありますが、1節に、「わたしがキリストに倣う者であるように、あなたがたもこのわたしに倣う者となりなさい」とあります。わたしはこの言葉がどうも好きになれずにいました。「わたしに倣う者となりなさい」とは、なんと傲慢な言葉だと、思えてならなかったからです。でも、実はパウロはこれと同じ言葉を、第一コリントでは4章でも、またフィリピの信徒への手紙や第一テサロニケなどでも言っています。
この「わたしに倣え」というのは、わたしのような立派な者になれと言っているのではありません。そうではなく、わたしも主イエスによって受け入れていただいた人間なのだ、あなたもそのことに気づいてくださいという意味にほかなりません。そしてまた、あなたたちの祈りを必要とする人間なのだ、だから祈ってねと言っているのです。
このことに気づいていくことこそ、神さまの栄光をあらわすことになるのではないでしょうか。
|