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ルカ2・1―20
クリスマスおめでとうございます。救い主イエス・キリストのご降誕を心からお慶び申し上げます。
冒頭から個人的なことを申し上げて恐縮ですが、わたしは今月半ばに腰を痛め、しばらく寝込んでしまいました。ちょうどクリスマスのこのときに、何も出来なくなるというのは、牧師として実に惨めなものです。多くの人にかけることになる迷惑を考えると、本当にどうしようかと思いました。事実多大の迷惑をおかけしてしまいました。多くのかたがこのときを支えてくださったこと、また祈りによって覚えてくださいました。周りの人はわたしのためにしなくても良かったはずの労力をしてくださったのでした。でも、少し体が動くなら、おそらく、そんな迷惑をかけてはいけないとか、あれをしてこれをしてと、思い煩い、悩みも増したことでしょう。しかし、まったく何も出来なくなったとき、かえって委ねるということを悟らされたように思います。そしてそんな時、わたしは日めくりカレンダーで見かけたばかりの言葉を二つ思い出しました。それは、「いまこのときも、わたしのために祈ってくれている人がいる」という言葉、もう一つは、「なにもできないけれど、ずっとそばにいるよ」という言葉でした。これは晴佐久昌英さんという、カトリックの神父が書かれたものです。わたしはこれらの言葉を思い起こしながら、主イエス・キリストがインマヌエル、神われらと共にいますというかたであるのは、まさに今何もできなくなっている自分へのメッセージであると思わされました。有能とか、有益とは対極に置かれてしまった自分へのメッセージでした。そしてそれは、わたしたち皆に与えられているメッセージ、福音です。
「そのころ皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。」
皇帝アウグストゥス、この名は世界で当時の世界で最も誉れ高いものであったことでしょう。この人は紀元前63年に生まれ、紀元13年に亡くなっています。もともとの名前はオクタビアヌスといいます。アウグストクスとは、ローマ元老院によって贈られた名誉ある称号で、「尊厳ある者」という意味です。アウグストクスは歴史的にとても大きな存在です。あまりご存じない方であっても、クレオパトラとアントニウスにからむ人物といえば、その時代のことを少し想像していただけるかと思います。
この皇帝アウグストクスが君臨する時代、ひとつの勅令がくだされました。それは人口調査の命令でした。人口調査、それはただ人数を数えるのが目的ではありません。人頭税と呼ばれる頭割りの税金の取り立てが目的でした。ルカ2章1節にはアウグストクスとともにキリニウスの名がでてきます。主イエスの誕生は紀元前4年とか紀元前6年とか諸説ありますが、キリニウスがシリア総督であったときの人口調査は紀元前6年におこなわれていますので、ほぼこの頃のことであるのは確かのようです。
この調査のため、人々はそれぞれ自分の町、故郷へ帰っていきます。それにしても、税のとりたてのための調査で、人々が自分の故郷の町の役場に出かけなければならないというのは、なんと面倒なことだったでしょうか。ましてやヨセフとマリアのように、出産を間近に控えた夫婦にとって、故郷までの道のりはどんなに辛かったことでしょうか。このように見たとき、わたしはヨセフとマリアに強いられたこの旅行に、生きることの辛さや悲哀が凝縮されていると思えてなりません。
生きることの辛さや悲哀は、人であるかぎりだれもが持つものであり、ヨセフとマリアだけのことではありませんけれど、彼らは他の人以上に辛さを感じていたのではないでしょうか。ルカ2章7節には、「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」と書かれています。どうして泊まる場所がなかったのでしょうか。最近、熊本でハンセン病患者さんを宿泊拒否したという出来事がありました。今回のことは大きく報道されましたが、残念ながら、わたしはそれ以前から、「どこそこのホテルは泊めてくれない」、「タクシーに乗車拒否をされた」といった話を療養所のかたから聞いてきました。差別や偏見の根の深さを思わされます。ヨセフとマリアも、身だしなみがよく、社会的立場もしっかりしおれば、部屋の一つや二つは空いていたのかもしれません。たまたまどの部屋も満室であったというのではなく、「宿屋には彼らの泊まる場所がなかった」ということによって、彼らが疎外され、社会から捨てられた存在であったことを想像させられます。そのため彼らは家畜小屋に入ります。実際には家畜のための洞窟であったという説もあります。どういう所だったのか分かりませんが、いずれにせよ、クリスマス物語や絵画に描かれるようなファンタジーの世界ではありません。身重のマリアが泊まるにはふさわしくない、汚れた暗いところだったことでしょう。そしてそこでマリアは子を産み、幼子は布にくるまれ飼い葉桶に寝かされたのでした。
2章1―7節の短い記述の中で、救い主がどのようにお生まれになったかを、ルカは見事に言い表していると、わたしは思います。皇帝アウグストゥスという、この世の最高権力者の名前から書き始められ、キリニウスの時代の人口調査と具体的な時代を述べつつ、人頭税のために、旅をしてまで役場に出頭する人々の姿、そして宿屋から閉め出され家畜小屋で出産を迎える夫婦の姿、飼い葉桶に寝かされた幼子と、皇帝の名から飼い葉桶に至るこの記述は、一方の栄え輝くさまの大きさと比べ、一方はあまりにも厳しいこの社会の底辺をあらわしており、そのコントラストはあざやかです。
そしてこのことは、救い主がこの世の力や富や栄華のもとに来られたのではなく、むしろそれらからもっとも遠いといえるところ、除外され、疎外され、捨てられ、苦しむ人のもとに来てくださったことを示しているのです。
飼い葉桶に寝かされた幼子。それは皇帝アウグストゥスの栄を思えば、まったく比較にならない惨めな姿です。華やかさに比べて貧相であり、この世の価値から言えば無に等しいものです。しかし、主イエスは、このように無に等しいものの上に寝かされ、その救いを現してくださったのです。今日読んでいただいたルカ2章には、飼い葉桶という言葉が3回も出てきます。どこに寝かされたかなど、本来あまり重要とは思えないことなのに、わざわざ報告され、しかも何度も繰り返されている。それは福音書記者ルカが、このことを特に大事だと考え、読者にも知って欲しいと思ったからです。12節には「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」とあります。飼い葉桶に寝ている幼子、なんのしるしでしょうか。
しるし、それは神さまがわたしたちにくださる救いのしるしを意味しています。聖書には、天からのしるしとか、あるいはしるしによって神さまの栄光があらわされたといった言い方がされています。したがって、飼い葉桶に寝ている幼子こそ「あなたがたへのしるし」だということは、飼い葉桶のような価値の無い、見栄えのよくない、そのようなところに神の救いは現されたのだという意味です。パウロはコリントの信徒に宛てた手紙のなかで、次のように言っています。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。」フィリピの信徒への手紙においても、「キリストは、神の身分でありながら、かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」と言い表されています。このことは、救い主なる幼子が飼い葉桶に寝かされたことによって示されているのです。
そしてそれはまた、この世にあって、自分は何も出来ない、自分には価値が無いと思っている人々のもとに、主が来てくださったということにほかなりません。パウロが第一コリント1章で述べているように、主イエスの弟子たちや初代の教会の人々には、世のなかでは無に等しいと思われていた人たちが多く、無力な人、見下げられていた人たちが多くいました。神さまは彼らに救いを与えてくださったのです。神さまは、価値のないわたしたちのために、御独り子を価値なきものとし、低きにくだしてくださったのです。
話を変えて、イラクの戦闘が続いています。双方に多数の犠牲者が出ています。米軍の誤爆とされる攻撃によってイラクの一般人に多数の犠牲者が出ています。あれは誤爆ではなく、むしろ米兵の恐怖心から来る疑心暗鬼による攻撃が含まれているとわたしは思っています。一人ひとりの米兵もまた恐れているのです。このような状況のもとで、主イエスは今どこにおられるのでしょうか。その答ははっきりしています。この世にあって価値なきものであった飼い葉桶に寝かされた幼子は、圧倒的な軍事力のもとにではなく、苦しむ民衆の一人としていてくださることでしょう。マタイ2章によれば、主イエスがお生まれになってすぐに、ヘロデ大王が大虐殺をおこなったため、主イエスは難を逃れるためにエジプトへ行ったと記されています。つまり、難民となられたのでした。戦争で逃げ惑う名もない民衆のなかに主はおられたのです。
昨年4月、イスラエル軍はパレスチナ解放運動の過激派がかくまわれているという理由で、ベツレヘムにある聖誕教会を包囲し、教会に向かって発砲しました。主イエス・キリストが生まれとされる場所に建てられた聖誕教会、ここでおこった事件は実に象徴的なことだと思います。主イエスはまさにこのとき、攻撃される教会のなかにおられたのだと思うからです。
ノーベル平和賞を受賞したエリ・ヴィーゼルはアウシュヴィッツ強制収容所に入れられ、生き延びることができた人です。ヴィーゼルは収容所で父、母、妹を失っています。家族で生き残ったのは、彼とお姉さんだけでした。彼の書いた自伝小説「夜」に、収容所内でおこなわれた絞首刑のむごたらしい様子が描かれています。一人の子どもが絞首刑に処せられながら、いつまでも死ぬことなく苦悶を続いている、想像することも恐ろしい状態です。ヴィーゼルの後ろで、誰か男が尋ねるのが聞こえます。「いったい、神はどこにおられるのだ。」この問いが2度繰り返されたとき、ヴィーゼルの心のなかである声がその男に答えているのを感じます。「どこだって、ここにおられる――ここに、この絞首台に吊るされておられる・・・。」
エリ・ヴィーゼルはユダヤ教の立場から、苦難の意味を問い続けました。彼のこの証言は、ショアー神学、別名ホロコースト神学と呼ばれます。そして、悲惨の極みにおいて、神がその悲惨なる苦しみを受けておられるということは、キリスト教において、主イエスの十字架に神の救いを見る信仰と深くかかわっていると思います。飼い葉桶の彼方には十字架があります。飼い葉桶に眠る幼子には、十字架の愛が表されているのです。十字架、それは言うまでも無く、主イエスがわたしたちへの愛の故に、わたしたちの重荷を担ってくださったことのしるしです。また、わたしたちの罪をすべて背負ってくださり、贖いとなってくださったことのしるしです。
神の救いのしるしとしての飼い葉桶に眠る幼子について、その知らせはまず羊飼いたちに伝えられました。大きな都にではなく、立派な宮殿にではなく、大地に座り込んで、野宿をして羊の群れの番をする人々に、知らせは伝えられました。「恐れるな、わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町であなたがたのために救い主がおうまれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」あなたがたに与えられるしるし、民全体与えられるしるし、それは特別に優れた人にということではなく、力ある人にだけということではなく、かえって、自分は救いからは遠いと思っているような一人ひとりへの福音なのです。
(2003年12月24日 クリスマス・キャンドルサーヴィス説教)
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